18b41c58.jpg次号アドリブ誌フュージョン・コラボレイト特集に寄稿。ネタ元はパット・メセニーとブラッド・メルドーの共演作だが、確かにこうしたジョイントの面白さは、ジャズ・フュージョンの専売特許でもある。ヴォーカル物だとデュエットになっちゃうし、ロック系も顔合わせ次第で、そこそこの予測はつくもの。でもジャズの素養を共有していると、そこにスポンテイニャスな磁場が生まれるワケ。しかもミュージシャン自身の発想によっちゃジャンルやスタイルを飛び越えて、何処にでも行ける自由さがある。

今回の特集でも数枚分のアルバム紹介を書かせてもらったが、その中でも一番“らしかった”のが、このビリー・コブハムとジョージ・デュークの共演盤。時は76年夏、ヨーロッパ・ツアーでのライヴ盤である。彼らはパーマネントなグループとして生まれたのではなく、最初からジャズ・フェスと欧州ツアーのためだけに組まれた、ひと夏限りのスペシャル・ユニットだった。要するに「何か一発、面白いコトやろうゼ」的なプロジェクトで、互いの経験とアイディアをぶつけ合い、その成果をそれぞれのソロ活動にフィードバックさせられれば、それで良かった。

おそらく言い出しっぺはコブハムだったろう。ドラマーという立場上、彼は常にフロント・プレイヤーを必要とした。コブハムは自分で曲は書けても、ナラダ(マイケル・ウォルデン)のように自ら歌ってしまう器用さはない。自分でそれを知っていたから、『SPECTRUM』でトミー・ボーリンやヤン・ハマー、そして本作のジョージ・デュークのように、自分を触発してくれる相手を見つけたのだ。そうした意味では、フランク・ザッパ出身で、ジャズ、ロック、ファンク、ポップス、ラテンと、幅広いフィールドをバックボーンとするデュークは、まさに打ってつけの存在と言える。デュークのユニットとしてはスタンリー・クラークとのクラーク=デューク・プロジェクトが有名だけれど、音楽的な面白さは断然コチラ。そう、ココには、76年というフュージョン黎明期ならではのクリエイティヴィティが、ライヴという一発勝負の場を得て、最もダイナミックに発揮されている。これに比べると、クラーク=デュークはもっと課された制約が多く、音が規定されている。

このバンドで2人をサポートしたのは、ギターにジョン・スコフィールド、ベースにアルフォンソ・ジョンソン。今にしてみれば、ひと夏のプロジェクトで終わらせては勿体ない顔ぶれだ。でも今、コレを甦らせてみても、これほどの熱気を孕んだ演奏にはならないと思う。若さと自己主張の強さが調和と反発を紙一重で繰り返すから、面白いのだ。まさに貴重な記録である。