2007年07月26日
■ JUDE COLE
本日は夕方より、某バイヤー系のレーベルのスタッフとミーティング。ヨーロッパ系AORアーティストの作品何点かを帯・解説付きの国内仕様で出すらしく、ライナーの執筆依頼を受ける。バイヤーの世界も大手外資系がメガストア化していく一方で、中小は生き残りを賭けて専門化へ向かっている。そうすると個人レベルのネットショップとバッティングしたりして、かなり熾烈みたいだ。ま、それは自由競争の世界であるから、規模の小さい所は創意工夫して顧客を確保するしかない。自分もセールスをやってたから分かるが、重要なのは価格以外のサービスを如何に充実させ、その付加価値を認めてもらうかだろう。大手には大手の、小さい店には小さい店にしかできないコトが必ずある。もちろん、クチで言うほど簡単じゃないが。さて、今日のピックアップは、個人的には結構待ち望んでいたジュード・コールのデビュー盤。これが米Wounded BirdからようやくCDリイシューされた。ただAORと呼ぶかどうかは微妙なトコロで、アルバム・トータルではチープ・トリックみたいなパワー・ポップに入れるべきかも。けれどアルバムに何曲かは、必ずAORファンのツボにハマる超名曲が隠れている。
この87年のデビュー作では、<You Were In My Heart>というバラードが絶品。タイプ的にジャック・ワグナーの<All I Need>を思い出したりするが、ハッキリ言ってこの曲は<All I Need>に勝ってます! 全然売れなかったケドね…(苦笑)
プロデュースは大物ラス・タイトルマン。バックにはニューヨークのスタジオ・ミュージシャン、ロブ・マウンジー/ジェフ・ボヴァ(kyd)、ミッキー・カリー(ds)、ジミー・ブラロワー(prog)なんてあたりが参加。ジョン・オーツの客演はメンバー的にもサウンド的にも納得だけど、ケニーGの参戦は少々意外だ。とはいっても、彼もまだ大して売れてなかった頃なのだが…。
既にピュアなAORが枯渇してた時期だから、カナザワは発売直後にすぐ飛びつき、かなり愛聴した。少し遅れて出たらしいCDは、eBayなどではずっと世界的に高値を呼んでいたのも知っている。…ちゅうことは、その美味しさを分かる人は分かってるってコトか。リッケンバッカーと思しきエレクトリック12弦の響きを耳にすると、バーズからの影響もありそうだ。ちょうどリチャード・マークスの同時期の登場で、西海岸派のマークスに対して東海岸のコール、そんな構図もあったように思う。でも<You Were In My Heart>のロマンティックな魅力は、リチャード君の名バラード群にも充分張り合ってましたよ。
セカンド以降はググッとダウン・トゥ・アースになるジュード・コール。ヒット曲も生まれたが、それでもココ一発のAORフリーク泣かせは続いていく。だけど最近は全然名前を聞かないなぁ。レコーズのメンバーだったり、ムーン・マーティン、デル・シャノン、ドワイト・トゥウィリーと活動したりと、そこそこキャリアがあった人らしいけど、デビューがもう少し早かったら、また違った道が開けていたのかも。
この87年のデビュー作では、<You Were In My Heart>というバラードが絶品。タイプ的にジャック・ワグナーの<All I Need>を思い出したりするが、ハッキリ言ってこの曲は<All I Need>に勝ってます! 全然売れなかったケドね…(苦笑)
プロデュースは大物ラス・タイトルマン。バックにはニューヨークのスタジオ・ミュージシャン、ロブ・マウンジー/ジェフ・ボヴァ(kyd)、ミッキー・カリー(ds)、ジミー・ブラロワー(prog)なんてあたりが参加。ジョン・オーツの客演はメンバー的にもサウンド的にも納得だけど、ケニーGの参戦は少々意外だ。とはいっても、彼もまだ大して売れてなかった頃なのだが…。
既にピュアなAORが枯渇してた時期だから、カナザワは発売直後にすぐ飛びつき、かなり愛聴した。少し遅れて出たらしいCDは、eBayなどではずっと世界的に高値を呼んでいたのも知っている。…ちゅうことは、その美味しさを分かる人は分かってるってコトか。リッケンバッカーと思しきエレクトリック12弦の響きを耳にすると、バーズからの影響もありそうだ。ちょうどリチャード・マークスの同時期の登場で、西海岸派のマークスに対して東海岸のコール、そんな構図もあったように思う。でも<You Were In My Heart>のロマンティックな魅力は、リチャード君の名バラード群にも充分張り合ってましたよ。
セカンド以降はググッとダウン・トゥ・アースになるジュード・コール。ヒット曲も生まれたが、それでもココ一発のAORフリーク泣かせは続いていく。だけど最近は全然名前を聞かないなぁ。レコーズのメンバーだったり、ムーン・マーティン、デル・シャノン、ドワイト・トゥウィリーと活動したりと、そこそこキャリアがあった人らしいけど、デビューがもう少し早かったら、また違った道が開けていたのかも。

