2008年05月04日
■ VOLUME ONE / RANDY JACKSON'S MUSIC CLUB
『アメリカン・アイドル』の審査員として知名度をグンとアップさせた、音楽プロデューサーのランディ・ジャクソン。最近『アメ・アイ』では何度かポーラ・アブドゥルの新曲のクリップがオンエアされたが、それはランディがプロデュースしたもので、このアルバムの一発目に収録されている。『アメ・アイ』でのランディは、辛辣な批評でヒール役となっているサイモン・コーウェル、温情派で優しいポーラの間で、是々非々の批評を行なっている感がある。サイモンは自分の好みのスタイルがハッキリしていて、そこに引っ掛かってきたアーティストだけを高く評価する傾向。でもランディはもっとニュートラルで、相手のフィールドに歩み寄って自分の物差しをあてがうタイプだ。このアルバムの音楽性の広さ、ゲスト陣の多彩さが、それを如実に物語っている。
ジャネット・ジャクソンを髣髴させるポーラの<Dance Like There's No Tomorrow>を筆頭に、ホイットニーやマライア、引いてはサイモンが手掛けたレオナ・ルイスに通じる王道バラード<Who's Gonna Love You Now>(ケリー・ラヴ)、ウィリー・ディクソンのブルース・カヴァー<Wang Dang Doole>(サム・ムーア、ケブ・モー&アンジー・ストーン)、マイケル・ブーブレの曲を今ドキのカントリー・バラードに仕上げた<Home>(ジョン・リッチ&アンソニー・ハミルトン)、アメ・アイ出身者であるキャサリン・マクフィーとエリオット・ヤミンがデュエットする<Real Love>、そしてラストのゴスペル・チューン<I Understand>には、マライヤやビービー・ワンナンズらが華を添える。こうして見ると一見支離滅裂なんだけれど、実際に聴くと確かに一本スジが通っていて、クオリティのバラつきもない。その辺りがランディの手腕の鋭さだろう。特に多くのアメ・アイ出身者からあの2人を選んだ点に、彼の慧眼の鋭さを感じた。キャサリンは前々回シーズン5の凖優勝者だから分かるけれど、トップ5程度に甘んじたエリオットを選ぶとは…。でも彼のその後の成長をシッカリと見ていたんな、ランディは。
80年代前半の頃までは、アルバムにプロデューサーはひとり、が基本だった。だからアルバムにはまとまりがあって、ディレクションもシッカリしていた。それがいつしか分業が当たり前になり、アルバムはシングル曲の寄せ集めみたいになった。確かにバラードならバラード、ダンサーならダンサーの専門家が付くわけで、個々の曲のクオリティは上がる。でもアルバム全体にマジックが流れることは少なくなったし、アーティストのカリスマ性が失われてきたのでは? ランディのアルバムは、ちょうどかつてのクインシー・ジョーンズみたいにそれぞれフィーチャリング・アーティストを迎えながら、それでいてシッカリ自分で手綱を握り、静かに自分の存在をアピールしている。ふーむ、それはやっぱり彼がベース・プレイヤーだったからか。
思い返せば、ランディを意識するようになったのは、ナラダ・マイケル・ウォルデンのバンドが最初。その頃はかなりの重量級スラップで、スゲェ〜!と感心したものだった。当然ナラダのそばで、ホイットニーやマライアの成長を間近で見てきた人でもある。またオリジナル末期のジャーニーには、欠員となったベーシストの穴埋めでレコーディングやツアーに参加。そうした経験が、彼を制作者の道へ進ませたのだろう。その後、米ColumbiaやMCAで実際にA&Rを務め(しかも重役!)、実力を磨いた。その彼が現場復帰しての初リーダー作。アメ・アイ人気あってこそ、とはいえ、そうそうヤワなモノが出来るはずがない。
でも元々はビリー・コブハムやジャン・リュック・ポンティとプレイしたスキルの持ち主なのだから、そんな曲が一曲くらいあっても良かったと思う。それともランディの中では、そんなの、もう暗い過去なのかな?
ジャネット・ジャクソンを髣髴させるポーラの<Dance Like There's No Tomorrow>を筆頭に、ホイットニーやマライア、引いてはサイモンが手掛けたレオナ・ルイスに通じる王道バラード<Who's Gonna Love You Now>(ケリー・ラヴ)、ウィリー・ディクソンのブルース・カヴァー<Wang Dang Doole>(サム・ムーア、ケブ・モー&アンジー・ストーン)、マイケル・ブーブレの曲を今ドキのカントリー・バラードに仕上げた<Home>(ジョン・リッチ&アンソニー・ハミルトン)、アメ・アイ出身者であるキャサリン・マクフィーとエリオット・ヤミンがデュエットする<Real Love>、そしてラストのゴスペル・チューン<I Understand>には、マライヤやビービー・ワンナンズらが華を添える。こうして見ると一見支離滅裂なんだけれど、実際に聴くと確かに一本スジが通っていて、クオリティのバラつきもない。その辺りがランディの手腕の鋭さだろう。特に多くのアメ・アイ出身者からあの2人を選んだ点に、彼の慧眼の鋭さを感じた。キャサリンは前々回シーズン5の凖優勝者だから分かるけれど、トップ5程度に甘んじたエリオットを選ぶとは…。でも彼のその後の成長をシッカリと見ていたんな、ランディは。
80年代前半の頃までは、アルバムにプロデューサーはひとり、が基本だった。だからアルバムにはまとまりがあって、ディレクションもシッカリしていた。それがいつしか分業が当たり前になり、アルバムはシングル曲の寄せ集めみたいになった。確かにバラードならバラード、ダンサーならダンサーの専門家が付くわけで、個々の曲のクオリティは上がる。でもアルバム全体にマジックが流れることは少なくなったし、アーティストのカリスマ性が失われてきたのでは? ランディのアルバムは、ちょうどかつてのクインシー・ジョーンズみたいにそれぞれフィーチャリング・アーティストを迎えながら、それでいてシッカリ自分で手綱を握り、静かに自分の存在をアピールしている。ふーむ、それはやっぱり彼がベース・プレイヤーだったからか。
思い返せば、ランディを意識するようになったのは、ナラダ・マイケル・ウォルデンのバンドが最初。その頃はかなりの重量級スラップで、スゲェ〜!と感心したものだった。当然ナラダのそばで、ホイットニーやマライアの成長を間近で見てきた人でもある。またオリジナル末期のジャーニーには、欠員となったベーシストの穴埋めでレコーディングやツアーに参加。そうした経験が、彼を制作者の道へ進ませたのだろう。その後、米ColumbiaやMCAで実際にA&Rを務め(しかも重役!)、実力を磨いた。その彼が現場復帰しての初リーダー作。アメ・アイ人気あってこそ、とはいえ、そうそうヤワなモノが出来るはずがない。
でも元々はビリー・コブハムやジャン・リュック・ポンティとプレイしたスキルの持ち主なのだから、そんな曲が一曲くらいあっても良かったと思う。それともランディの中では、そんなの、もう暗い過去なのかな?
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この記事へのコメント
1. Posted by
mute60
2008年05月05日 13:46
4月から J-WAVE で土曜の深夜に RANDY JACKSON'S HIT LIST という番組やっていて、先日初めて聴いたのですが結構おもしろかったです。
2. Posted by kanazawa
2008年05月05日 14:36
ホホー、情報ありがとうございます。
J-WAVEの番組サイトを見ましたが、いかにもランディらしい選曲でしたね。
J-WAVEの番組サイトを見ましたが、いかにもランディらしい選曲でしたね。


