2009年10月26日
■ SYNTHESIS / RAUL MIDON
ブラインドな天才シンガー・ソングライターとして、大きな脚光を浴びてデビューしたラウル・ミドン。セカンドもそれなりに楽しめたけれど、やはり最初がセンセーショナル過ぎたか、レーベルの狙いと本人がやりたいこと、ファンが望むもの、その3つが今イチ噛み合っていなかったみたいで、評判もセールスもパッとしなった。そこで、デッカ・グループのエマーシー・レーベルへ移籍し、プロデュースにラリー・クラインを迎えての、この第3作。
ラリー・クラインといえば、80年代はジョニ・ミッチェルの公私にわたるパートナーとして有名になり(離婚後も仕事は継続)、最近はマデリン・ペルーやメロディ・ガルドー、ティル・ブレナーにスティーリー・ダンのウォルター・ベッカー・ソロなどを立て続けにプロデュース。ハービー・ハンコックのジョニ楽曲集『RIVER』ではグラミーにも輝いた、ジャジー系では今が旬のプロデューサーである。
それだけに否応ナシに期待が高まり、逆に「なんだかAORになっちゃった」なんて声もチラホラ出ているようだ。でもそう発した人は、彼に何を期待しているのだろう? もっとラテン・ソウル的な方向性? それとも盲目とは思えないギター・スキルとか、ユニークなマウス・トランペットを前に押し出せと言うのか?
確かにソウル色もラテン色も希薄になり、ジャジーな色合いは深まった。でもラウルの音楽に、そういうカテゴライズとか、先入観は無用。カナザワ的には、ハイブリッドなミクスチャー感覚が更に進化し、普遍性が高くなったと感じた。インパクトこそないけれど、ホットなパッションはそのままだし、大らかな包容感は以前よりもスケール感を増したよう。楽曲によっては、パット・メセニーを思い浮かべてしまったのだが、それって自分だけかな?
目が見えない彼には、白も黒もイエローも関係ない。ブルー・アイだろうがブラックだろうが、ソウルはソウル、ロックはロック。健常者が閉じてしまいがちな心の目を、彼はちゃんと見開いている。
ラリー・クラインといえば、80年代はジョニ・ミッチェルの公私にわたるパートナーとして有名になり(離婚後も仕事は継続)、最近はマデリン・ペルーやメロディ・ガルドー、ティル・ブレナーにスティーリー・ダンのウォルター・ベッカー・ソロなどを立て続けにプロデュース。ハービー・ハンコックのジョニ楽曲集『RIVER』ではグラミーにも輝いた、ジャジー系では今が旬のプロデューサーである。
それだけに否応ナシに期待が高まり、逆に「なんだかAORになっちゃった」なんて声もチラホラ出ているようだ。でもそう発した人は、彼に何を期待しているのだろう? もっとラテン・ソウル的な方向性? それとも盲目とは思えないギター・スキルとか、ユニークなマウス・トランペットを前に押し出せと言うのか?
確かにソウル色もラテン色も希薄になり、ジャジーな色合いは深まった。でもラウルの音楽に、そういうカテゴライズとか、先入観は無用。カナザワ的には、ハイブリッドなミクスチャー感覚が更に進化し、普遍性が高くなったと感じた。インパクトこそないけれど、ホットなパッションはそのままだし、大らかな包容感は以前よりもスケール感を増したよう。楽曲によっては、パット・メセニーを思い浮かべてしまったのだが、それって自分だけかな?
目が見えない彼には、白も黒もイエローも関係ない。ブルー・アイだろうがブラックだろうが、ソウルはソウル、ロックはロック。健常者が閉じてしまいがちな心の目を、彼はちゃんと見開いている。
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この記事へのコメント
1. Posted by たにぴ@変化球専門 2009年10月29日 12:37
金澤さんの見方が正しいのは、アルバムタイトルからもわかります。
先日偶然、新宿タワーでインストアを観たんです。
やっぱ凄かったですよ。
先日偶然、新宿タワーでインストアを観たんです。
やっぱ凄かったですよ。




