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本日、dues新宿で行なわれたトーク・イベント【冨田ラボ『ナイトフライ』刊行記念! 冨田ラボ×金澤寿和、AORミュージックの魅力について語る!】においで下さった方々、どうもありがとうございました。有料なのに立ち見まで出た盛況ぶり、サスガ当代随一の人気サウンド・クリエイター:冨田恵一さんであります。カナザワにとっても貴重な体験を、壇上で楽しませていただきました。話し相手に呼んでくださった冨田さんにも、改めて御礼を。



さて、テーマがテーマなので、フェイゲン『THE NIGHTFLY』について語るのは当然なのだが、その前提として重要だと思うのは、その前作に当たるスティーリー・ダン『GAUCHO』をどう捉えるか、であると思う。冨田さんは著書の中で、“『GAUCHO』の評価は大きく二分され”、自分はネガティヴな評価に寄っていると書いた。そして“『GAUCHO』から真っ先に聴きとるのは苦悩、悩みといった感情であり、閉塞感であった”としている。そして後にスティーリー・ダンの伝記が出た時に、「あぁ、やっぱり…」と思ったというのだ。

対して自分はどうだったか…。『GAUCHO』はリアルタイムで新譜として買った、初めてのスティーリー・ダンのアルバムだった。そして相変わらずの超個性的、奇妙奇天烈なサウンドに圧倒されていたのを思い出す。そして、<Babylon Sisters>に代表される濃厚なSD節に対し、やたらストイックな曲があるのも肌で感じていた。『AJA』はフェイゲン&ベッカーがキャスティングした敏腕ミュージシャンたちがそれぞれに持ち味を存分に発揮し、それを彼らが束ねていた印象だったが、『GAUCHO』はその延長にある曲と、逆にミュージシャンたちを単なるパーツのように扱った曲とが混在していた。でも自分はそこに、フェイゲンの痛みまでは感じられなかった。あとになって、ベッカーが精神的・肉体的に状態が悪く、フェイゲン一人の孤軍奮闘によって完成したアルバムだと知ったが、それを音からは感じることができなかった。やはり冨田さんは、その頃から鋭い耳と感性を持っていたのだ。

著書の中に出てくる『THE NIGHTFLY』の分析は、この本を書くために楽曲をPCに取り込み、波形をみながら分析したものというコトで、さすがに普段からこんな聴き方はしてないそうだ。それでも、極めて精緻に創られたスティーリー・ダンのアルバムで、歌詞ではなく、流れてくる音の向こう側から作り手の心情を読んでしまうあたりはサスガとしか言い様がない。聴き込み方がメチャ深いのだ。

とはいえ同じ世代だけに、楽屋でちょっと話しただけでも、カナザワといろいろな共通点が見えてきた冨田さん。一度ジックリ、酒でも酌み交わしながら、音楽談義をしたい人である。

冨田さん、お越しいただいたお客様、そしてスタッフの皆さん、本当にありがとうございました。