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“シンセサイザー・ミュージックの祖” と呼ぶに相応しいクラウト・ロック/ジャーマン・プログレの名グループ、タンジェリン・ドリーム。その中心人物だったエドガー・フローゼが、1月20日、滞在先のウィーンで肺動脈塞栓症のため急逝した。享年70歳。

タンジェリン・ドリームは、かのサルヴァトール・ダリとも親交のあったエドガーが67年に結成。クラウス・シュルツ、コンラッド・シュニッツラーとのトリオ編成で、70年にデビューしている。このラインナップがすぐに瓦解するも、急速に現代音楽に接近。当時最先端の電子楽器を用い、開発されたばかりのシーケンサーを逸早く取り入れて、プログレッシヴ・ロック界に新風を吹き込んだ。その後も彼らはメンバー交替を重ねながら、エドガー中心に活動を継続。映画のサウンドトラックを中心に、近年はゲーム音楽にトライするなど、何と100枚超の作品をリリースしている。ここ数年は日本人ヴァイオリン奏者がメンバーとして参加していたそうだ。

とはいえ、カナザワがタンジェリン・ドリームを聴いていたのは、70年代後半の僅か数年間。マイク・オールドフィールドやゴング、ヘンリー・カウと共に、プログレ系新興レーベルとして登場したヴァージン・レコードの看板アーティスト、というイメージだった。作品で言えば、74年『PHAEDRA』、75年『RUBYCON』(=本作)、75年のライヴ 『RICOCHET』、76年『STRATOSFEAR(浪漫)』、77年の2枚組ライヴ『ENCOUR』、そして78年『CYCLONE』あたり。当時のサントラ盤 『SORCERER(恐怖の報酬)』(77年)の高評価は、後のサントラ・メインの活動のキッカケにもなっている。

40余年の活動で、ニュー・エイジやヒーリング・ミュージック、アンビエント、テクノ、エレクトロ・ミュージック等など、幅広いサウンドに多大な影響を与えてきたタンジェリン・ドリーム。エドガーの死を機に久しぶりに代表作『RUBYCON』を聴いていると、キング・クリムゾンやピンク・フロイドなど、同時期の大物プログレ・バンドとの共通項がたくさん聴こえてくる。既にエスタブリッシュされた存在ながら、その影響力の大きさほどには正当に評価されていないようだ。エドガー、ルビコン河ならぬ三途の川を渡るには、まだチョッ早すぎたよ…。 Rest in Peace…