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今日は午前中から新宿某所で開催されたクローズドの社会人向けカリキュラム『いい音楽学』にお呼ばれし、角松敏生先生(?)の講座を拝聴。ついでに午後からはお茶の水へ移り、ベスト・セラー続伸中のDU BOOKS『ジェフ・ポーカロのほぼ全仕事』のイベントを覗いてきた。かなりの数のマニアが集まり、その書を片手に音を聴きながら、「え〜、次はテキストの●●ページ」なんて宣う様は、自分が20年前のミニコミ誌時代にやっていたミーティングとまるで同じで、思わず吹き出してしまう。オマケに複数の古い友人に出くわし、一番後ろで著者チームの解説にペチャクチャとツッコミ解説を入れていたら、近くのお客さんに「シー」と注意される始末で… …にしても、総額250万とか300万するオーディオを持ち込んでいるため、店内のオープン・スペースであるにも関わらず、その音の良さに驚愕。午前中の角松講座でもレーザー・ターンテーブルを使っていたので、この日だけで総額500万越えの音を聴いたことになる そうだ、5/10の “Light Mellow 音盤&トークライヴ” でも、特集はジェフ・ポーカロのワークスにするかな?

さて今日は、P-VINEとのコラボでスタートしたカナザワ監修の新シリーズ【Light Mellow Searches】第2弾、スティーリー・ダン・フォロワーの最高峰に位置づけられるユニット:モンキー・ハウスの『HEADQUARTERS』(12年作)の登場だ。ブラジルのアーバン・サウンド・マスター:エヂ・モッタを始め、ジェイ・グレイドンとランディ・グッドラムのJaR、英国のタルク、そして北欧からはオーレ・ブールドやスムーズ・リユニオン、ステイト・カウズと、スティーリー・ダンにリスペクトを示すアーティストの作品は引きも切らない。もちろん日本にも、冨田ラボこと冨田恵一氏がいる。彼が著したドナルド・フェイゲン研究本『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』は、音楽ファンの間で大きな話題になった。そんな中でも、カナダはトロントから登場したモンキー・ハウスは、その最右翼、あるいは大本命と断言できる。

モンキー・ハウスはそのフォーマットこそユニット形式だが、実質的にはソングライターにしてキーボード奏者/サウンド・クリエイター/プロデューサーであるドン・ブライトハウプトのワンマン・プロジェクトだ。元々は名門バークリー音楽大学の奨学生で、ジャズの作曲・編曲を学び、クイーンズ大学では英語とフィルム・スタディの学士号を取得している。そうしたスキルとインテリジェンスのコンビネーションがそのサウンド・クオリティの源だ。

ニューヨーク・ベースで活動する作詞家の兄ジェフとはソングライター・チームとして活躍し、ミュージカルやニューヨークの人気ヴェニューでレビューを担当。TV関連の仕事では、AORファンにはお馴染みのマーク・ジョーダンや彼の奥様エイミー・スカイと共作を重ねている。と同時に鍵盤奏者として高く評価され、ギタリスト:リック・エメット(元トライアンフ)を筆頭に、多くの人気カナディアン・アーティストをバックアップしてきた。モンキー・ハウスとしてのデビューは、92年の『WELCOME TO THE CLUB』で、そこではフェイゲンがグレッグ・フィリンゲインズ(kyd)のリーダー作『PULSE』(84年)に提供した<Lazy Nina>がカヴァーされている。そこから数えると、この『HEADQUARTERS』はオリジナル3作目に当たる(編集盤を入れて4作目)。

でも最も押さえておくべきは、このドン・ブライトハウプト君、ミュージシャンだけでなくジャーナリストの顔を持っていて、音楽と映画に関する記事をカナダの日刊紙に数多く寄稿していること。しかもポップ・ミュージックの研究書を2〜3上梓していて、そのうちの1冊が日本でも紹介された『スティーリー・ダン aja 作曲術と作詞法』(DU BOOKS/12年)なのだ。この本は、フェイゲンへのロング・インタビューを元に構成された研究本で、スティーリー・ダン/フェイゲンへの深いリスペクトと限りない愛情を以て編纂されている。ドンに言わせれば、“『AJA』は全太陽系で最高のレコード” だそうだ。

この原書は07年発行なので『HEADQUARTERS』前だが、フェイゲンはそれ以前の2作を聴いているはず。しかも『HEADQUARTERS』にはスティーリー・ダンのツアー・メンバーが複数参加しているから、これはもう公認も同じだろう。それこそ、“フェイゲンのお墨付き” と言ってしまっても過言ではない。何だか『HEADQUARTERS』を聴いてニヒルな笑みを浮かべるフェイゲンが、瞼に浮かんできそうだ。ちなみにこの本の日本版解説は他ならぬ冨田氏で、それがフェイゲン研究本『ナイトフライ』を書くキッカケのひとつになったらしい。日本〜カナダ〜米国を繋ぐDNAの輪、ってか

ドンに拠ればこのアルバムは、“行き過ぎなくらいのコードを使ったポップ・ソング集” とのこと。しかもほとんどの曲をライヴ・レコーディングし、それをジックリひとつにまとめ上げたと言う。
「プログラミングのプロダクションが全盛の今にしては珍しい、豊かなサウンドが詰まったアルバムができ上がった。ほとんどの曲に、少なくとも10人のミュージシャンが参加しているよ」

とりわけホーン使いが贅沢で、最大7管のセクションが組まれている。ドンが使った鍵盤も、グランド・ピアノ、フェンダー・ローズ、ウーリッツァー、ハモンド・オルガンにクラヴィネットと、ヴィンテージな楽器ばかり。それが今にない、シャープながらも温かみのあるサウンドを創り上げた。参加メンバーの多くは、ドン周辺のカナダ人ミュージシャンのようだが、前述の通りスティーリー・ダン・ファミリーのマイケル・レオンハート(tr)とドリュー・ジング(g)、前作にも参加したパット・メセニー・グループ出身のデヴィッド・ブレマイヤーズ(vo)、それにリック・エメットらがゲスト参加。作曲陣にはマーク・ジョーダンや兄ジェフ・ブライトハウプトも名を連ねる。

実際その音は、再スタート後のご本家そっくり。もしヴォーカルがフェイゲンだったら…、と想いを巡らせてしまうようなクオリティだ。個人的には、リフのコーラスとトランペットが印象的な<Faith In The Middle>がイチ押し。日本盤ボーナス曲<I'm Not That Guy>は本作のアウトトラックだが、最終段階までアルバムに入れるつもりだったそうで、完成度には遜色がない。

本作を抜きにして、スティーリー・ダン・フォロワーを語ること勿れ、だな。