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朝一番でビックリ、ジョージ・マイケルの訃報が飛び込んできた。英国オックスフォードシャー州の警察に拠れば、25日午後2時ごろ、自宅で死亡を確認。死亡時刻や死因は不明ながら、事件性はないとしている。広報は「自宅で安らかに息を引き取った」と発表。本名:ヨルゴス・キリアコス・パナイオトゥー。父はギリシャ系キプロス人、母はユダヤ系のルーツを持つ。享年53歳。

ジョージ・マイケルといえば、やはりワム!でのデビューが鮮烈だった。でも83年というと、カナザワは既に大学を出て、ひたすらにAORやブラック・コンテンポラリーを追い求めていた頃。だからワム!はあまりにアイドル、バブルガム・ポップスにしか聴こえなかった。一応アルバムは出てすぐ聴いたが、買うまでには至らずレンタル止まり。ジョージの歌はうまいけど、バックにロバート・アーワイ(g/元ゴンザレス)やトミー・アイアー(kyd/元マーク=アーモンド)といった職人プレイヤーの名を見つけ、“あーあ、ミュージシャンも大変だなぁ” と、勝手にスタジオ・メンの悲哀を感じていた。後にソロ・デビューするベースのデオン・エスタスが元ブレインストームだったことは、実はあとから知ったのだけれど。

そんなジョージ・マイケルを見直すキッカケになったのが、実は上掲の12インチ・シングル<Careless Whisper>だ。日本ではワム!名義でのリリースだったが、英米ではジョージ・マイケルのソロとして発表。初めて聴いた時は、“何てベタなバラードなんだ” と半ば憤慨した記憶がある。が、12インチのロング・ヴァージョン、特に印象的な泣きのサックスが出てくるまでにジワジワ盛り上げていく長尺イントロを聴き、彼のプロデュース手腕、延いてはミュージシャンとしての実力を実感した。その大甘な哀愁メロディゆえに、郷ひろみや西城秀樹のカヴァーを生んだけど、アイドル的な売り出しを甘受していたジョージが、実はワム!を飛び出したがっていたのも伝わってきた。ちなみにこの曲には、貴重なジェリー・ウェクスラー制作ヴァージョンがあり、日本盤12インチに収録されている。

87年発表の初ソロ・アルバム『FAITH』は、少々まとまりを欠くトコロがあったが、それも彼の可能性を広範に追求したモノとして納得。翌年のグラミーでは、見事アルバム・オブ・ザ・イヤーを獲得した。91年までに7曲の全米No.1ソングを放つも、順調なのはその辺りまで。その後はゲイをカミングアウトしたり、麻薬や奇行でゴシップ誌を賑わし、真っ当な音楽的評価を受けられなかった。80年代育ちにはマイケル・ジャクソン、プリンス、ホイットニー・ヒューストン、マドンナらに匹敵する人気や影響力を持ったが、世代を超えた絶対的評価は得られなかった気がする。もし彼が真っ当にミュージシャンしていたら…、と思うと、残念でならないし、まだまだ勝負ができたはず。50歳代前半の逝去は、あまりに早すぎる。

それにしても、デヴィッド・ボウイに始まり、この年末まで続く訃報の多さは、一体何なのだろう? 加えてプリンス、ジョージ・マイケル、ピート・バーンズ(デッド・オア・アライヴ)など、80年代の大物アーティストがことごとく早死にしている。それこそ前述5人で健在なのは、苦労して這い上がったマドンナだけ。これが音楽ビジネス肥大化のツケだとしたら、あまりに悲しすぎるよ。

Rest in Peace...