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週明け月曜日だというのに、なんとも目まぐるしく、気持ちのアップダウンが激しい日だった。あらかじめの予定は、グラミーの中継を見て、夜はライヴ。細かい書きモノの締切もいくつか抱えているので、外出前にそれを片付けて…、なんて算段していたのに、起き抜けでPCを開いた途端、衝撃に見舞われた。アル・ジャロウ、L.A.の病院で死去…。

現在入院中で、ツアー活動からの引退を発表したものの、容体は快方に向かっている。そんなポストをしたばかりだったが、アレは一体何だったの? 何度がライヴを観て、インタビューでも会っているので、勝手に身近な存在だと思っていたし、とにかく周りの人を朗らかな気持ちにさせてしまうマジカルな人である。うまく書けないけど、悲しいというより、心にポカンと穴が空いたような気になった。この感覚は、昨年訃報に接した大物たち、デヴィッド・ボウイやプリンス、ジョージ・マイケル、モーリス・ホワイト、グレン・フライらの誰とも違う。

本来のフィールドであるジャズのみならず、R&Bやロック部門でも高く評価さえ、計7回のグラミー受賞。米国の各新聞は、そうした幅広い活躍を讃え、「多様な声」「世界で最も偉大な才能の一つ」と絶賛している。特にカナザワの記憶に残っているのは、『WE ARE THE WORLD』のレコーディング時のドキュメント。居並ぶ大スターたちの前で、エチオピアからやってきた女性が現地の惨状を涙ながらに説明。その訴えに真っ先に反応し、大粒の涙を流していたのがアルだった。遅咲きの苦労人で、大学時代に心理学を学んだ経験から、駆け出し時代はカウンセラーの仕事をしながらジャズ・スポットで歌っていたから、その手の話には人一倍敏感だったのだろう。アルの豊かな人間性は、天性のモノだけじゃなく、そういた下積み時代に育まれたものだった。

“レインボー・ヴォイス” とか “歌う打楽器” などと称され、後進たちにも多大な影響を及ぼしたアル。かのボビー・マクファーリンだって、アルがいなければ誕生しなかったと思う。スキャットの発展形と言われることが多いが、打楽器を模した唱法は、一世を風靡したヴォイパことヴォイス・パーカッションの元祖とも位置づけられよう。賞レースやセールスに乗らないところでも、アルの影響が深く浸透しているワケだ。でもそうして冷静にアルの偉大なキャリアを論ずるより、もうあの笑顔が見られない、あの歌声を聴けない、という喪失感の方が大きい。

時間があれば、丸一日ジックリとアルの歌声を浸っていたいところだけど、スケジュール的にそうもいかない。なのでココでは、アルバムとして一番好きな『BREAKIN' AWAY』をチョイス。AORファンには、ジェイ・グレイドンとデヴィッド・フォスターが最も輝いていた時代の記録でもある。個人的には、12年の紙ジャケ再発を監修した時、オトナの事情で『L IS FOR LOVER』と『HEART'S HORIZON』まで出し切れなかったのが心残り…。

享年76歳。改めて Rest in Peace...