leon ware
メロウ大王、リオン・ウェアが亡くなった。死因はハッキリしないが、00年代半ばに前立腺ガンを発症し、その後再発したのか今も治療中だったと伝えられている。享年77歳。

デトロイト出身であるリオンのキャリアは、モータウンのスタッフ・ライターとして、アイズレー・ブラザーズやマーサ&ザ・ヴァンデラスに楽曲提供したところから始まっている。ソロ・デビューは72年にUnited Artistsから。前後してマイケル・ジャクソンへ提供した<I Wanna Be Where You Are>が、R&Bチャートで2位をマーク。大きな躍進の推進力となった。その後クインシー・ジョーンズと邂逅し、『BODY HEAT』(74年)や『MELLOW MADNESS』(75年)に参加。74年作所収<If I Ever Lose This Heaven>は、リオンの代表曲として幅広くカヴァーされていくことになった。

同じ頃、ミニー・リパートンにも楽曲提供。更に、リオンが2ndアルバムとしてレコーディングしていた楽曲をマーヴィン・ゲイがイタく気に入り、それを譲り受ける形で『I WANT YOU』(76年)が完成。リオンは新たに『MUSICAL MASSAGE』を作り、評価の地盤を固めていく。その後、ブラジルのシンガー・ソングライター:マルコス・ヴァーリたシカゴのメンバーたちと交流を深め、TK傘下のレーベルFabulous、大手エレクトラと移籍しながら、次第にブラック・コンテンポラリー/AOR志向を強めていった。

上掲『LEON WARE(夜の恋人たち)』は、82年に発表されたエレクトラでの2作目。リオンがプロデュース、マーティ・ペイチがコ・アレンジャーを務め、その息子デヴィッド・ペイチやジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ルカサーといったTOTO勢に加え、デヴィッド・フォスター、ビル・チャンプリンなど、錚々たるAOR系プレイヤーが参加している。でもその一方で、ジェイムス・ギャドソンやデヴィッド・T・ウォーカー、チャック・レイニーといったアーバン・ソウルの担い手をもキャスティング。極めてソフィスティケイトされた都会派サウンドを作り上げた。一番有名なのは、マンハッタン・トランスファーのジャニス・シーゲルとのデュエット<I Came To California(カリフォルニアの恋人たち)>。加えて、ヴァーリとの共作曲でガトー・バルビエリが官能的サックスを吹いていたり、アイアートやロウディ・ヂ・オリヴェイラ(セルジオ・メンデス〜シカゴ)がパーカッションで彩りを添えたり。意外なところでは、リタ・クーリッジやボニー・ブラムレットもコーラス参加している。こうした王道路線からは一歩外れるようなカラーリングが、リオンならではのセクシー・メロウ・サウンドを創る。そう、ちょっとした刺激や悪戯心が、セックスのマンネリ化を防ぐように…。

ヴォーカル自体はセンが細いが、その分、年齢を重ねても70歳を超えても絶倫で、ライヴに新作に望んでいたリオン。02年に大阪のみで行われた初来日公演には、今や時の人、当時はまだ10代だったサンダーキャットがバックを務めていたそうだから驚く。そうした職人的センスに長けた人だったのだ。自分が観に行った09年の公演でも、マックスウェルのカヴァーなど披露し、若いR&Bミュージシャンとの距離の近さをアピールしていた。近作にして遺作になる『SIGH』(14年)も、官能的スロウ・ジャムを中心に、80's的ダンサーやアンビエント風味の曲などを幅広く。サンダーキャットに加えて、これまた近頃人気沸騰中のカマシ・ワシントン(sax)も参加していた。

齢70半ばにして未だセクシー。そのリオンに、とうとう旅立ちの日が来てしまった…

Rest in Peace...