geils_live
既報の通り、J.ガイルズ・バンドのギタリストにしてリーダーだった J.ガイルズが、11日に自宅で病死した。享年71歳。フロント・マンであるピーター・ウルフの人気が傑出していたが、それはあくまで看板で。ライヴの現場で叩き上げてきたロックン・ロール・バンドとしての一体感、その迸る勢いこそが、このグループの最大の魅力だった。だからピーターの独立後 間もなくグループが解散してしまったのは、悲しいながらも合点がいったもの。反対に、J.ガイルズ本人が近年のリユニオン・ツアーに不参加だったのが、とても寂しく感じられたものである。しかもそのJ.ガイルズが、こうも早く逝ってしまうとは…

70年のデビューから解散までの約15年間、アルバム14枚中、3枚がライヴ盤。それだけ彼らはステージで本領を発揮するバンドだったし、当人たちも揺るぎない自信を持っていた。

特に忘れ難いのは、76年に8枚目のアルバムとして発表された2枚組『BLOW YOUR FACE OUT(狼から一撃!)』だ。当時の彼らは、アメリカン・ロック好きの間で人気がグングン上昇中。でも一般音楽ファンに浸透するほどの大ヒットはなく、その期待感が膨張して爆発寸前、という頃合いだった。それ故この2枚組も疾走感が凄まじく、アッと言う間に最後まで聴き通してしまう。録音は地元ボストン。ピーターは無名時代からそこでラジオDJとして鳴らし、注目されていた。そういえば、彼の当時の奥様は、女優フェイ・ダナウェイだったな。

とにかく冒頭から、「帰ってきたぜ〜」とオーディエンスを煽るピーターが滅茶苦茶カッコ良い。タイトルの “Blow your face out” は、<House Party>を紹介するMCの中で飛び出すセリフ。差し詰め、「この曲でオメェらをブッ飛ばしてやるゼ」ってなトコロか。Kydのセス・ジャストマンとピーターが書くオリジナル楽曲の素晴らしさも然ることながら、ボビー・ウーマックやシュープリームスといったR&Bチューンを屈託なく歌ってしまう親しみやすさも、彼らの大きな魅力だった。人種差別問題から黒人R&Bに素直な愛情を示しにくい風潮の中で、彼らのプリミティヴなホワイトR&Bが好まれた側面もあるだろう。

このライヴ盤のあと、バンドは “ガイルズ” と改名して『MONKEY ISLAND』を発表。間もなくEMI Americaへ移籍し、バンド名を元へ戻して『SANCTUARY』を発表。シングル<One Last Kiss>をトップ40へ送り込んだ。彼らのトップ40は初めてではないし、過去トップ20入りした楽曲もあったが、新天地から放ったこのヒットがひとつのキッカケになったのは間違いなく、それが<Centerhold>での全米No.1ヒット(81年)に発展していく。そうした流れを見れば、彼らが常に“究極の選択” を強いられてきたのが分かろうというものだ。

しかし、初期の無骨なロックン・ソウルに固執するオールド・ファンは、こうした方向性に疑問を呈する向きが多い。80年代になって多くの中堅〜ベテランが商業/大衆化に走る中、彼らも例外ではいられなかったが、それでも彼らの場合は、ずーっとJ.ガイルズらしさを貫いた上での成功だったはず。カワイさ余って、安易に “迎合” とか “白人R&Bらしさは皆無” と言い切ってしまう乱暴な批判には当たらない。日本へ初めてやって来たのも、EMI移籍後の2作目『LOVE STINKS』発表後のワールド・ツアーで。それが実現したのも、彼らが1〜2歩、大衆化路線に踏み込んだ成果だったはずだ。

最近はジャズをプレイしていたというJ.ガイルズ。自分抜きの復活劇を横目で睨んだまま、鬼籍に入ってしまうのは、サスガにちょっと無念だったかも。

Rest in Peace...