tohoku sinkansen 017
不遇の天才ミュージシャン:鳴海寛が急逝して約2年。今その鳴海が残した未発表音源が、続々と堰を切ったかのように登場している。彼のような天性の音楽職人が、その死と引き換えに注目されるようになる…。その悲しい現実に、少々やるせない気持ちにさえられたりして… そしてそれに併せて、この東北新幹線のワン&オンリー作『THRU TRAFFIC』も、10年ぶりに再度CD復刻されることになった。カナザワ監修の初CD化は紙ジャケット仕様に拠るものだったが、今回は通常のジェエル・ケースで発売されている。

改めて紹介しよう。この東北新幹線( Narumin & Etsu)は、ヤマハ音楽振興会を舞台に出会った鳴海寛(g,kyd,vo)と山川恵津子(kyd,vo)が、八神純子や谷山浩子のバック・バンドを通じて意気投合して組んだユニット。82年の本作『THRU PACIFIC』が、彼ら唯一のアルバムになる。

元々は先にアルバイトとしてヤマハ入りし、雑用をこなしながらアレンジの勉強を重ねていた山川が、ヤマハ提供の人気ラジオ番組『コッキー・ポップ』の仕事に携わることなり、そこでまだ高校生だった鳴海のデモ・テープを採譜することになった。ところが音を拾い始めると、それまで聴いたこともないような難しいコードが随所にちりばめられていて、ビックリ仰天。「この子は天才!」と一目置くようになった。鳴海は中学の頃に、ブレッドやカーペンターズ、バート・バカラック、フィフス・ディメンションなどのポップスに開眼し、そのままフィラデルフィア・ソウルやスティーヴィー・ワンダーに傾倒。更にラジオでソニア・ローザを耳にし、その不思議な魅力の謎を解き明かしていくうちにジョアン・ジルベルトに遭遇している。友人たちが激しいロックに夢中になっている頃、彼はソフトなポップスやソウルを好み、コード進行の巧みさやアレンジの緻密さを分析してドンドン音楽に深入りしていった。そしてオリジナルを書いては、ひとりダビングを繰り返す宅録の日々。一般的にはギタリストとして認識されるが、彼の中ではギターもピアノも同列だという。

東北新幹線の音楽的コンセプトは、まさに当時のAORやブラック・コンテンポラリー。洋楽ポップスでも、とりわけハイ・クオリティで洗練された都会の音を目指した。具体的には、ジノ・ヴァネリ、ボビー・コールドウェル、アース・ウインド&ファイアー、クインシー・ジョーンズ、ジョージ・ベンソン、エウミール・デオダートあたり。それにコーラス好きだった2人は、シンガーズ・アンリミッドへの強い憧れも共有していた。とにかく単純な進行の曲はイヤで、カッコいいテンション・コードが入った楽曲に惹かれたという。ギターはすべて鳴海で、インスト曲<Spell>では彼の憧れ:デヴィッド・T.ウォーカー張りのプレイが全開になった。

山川の受け持ちは鍵盤全般と上モノ(ストリングスやホーン)のアレンジ。ベーシックな編曲は2人の共同ながら、譜面に強い山川の存在は大きかったようだ。それでもユニット最大の魅力は、やはり透明感溢れるハーモニー。シンガーズ・アンリミテッドのセンを狙ってジャズ・バラード風に仕上げられた<September Valentine>は、このアルバム唯一のカヴァー(安部恭弘・作)になる。バック・ミュージシャンは、後藤次利/高水健司(b)、山木秀夫(ds)、浜口茂外也(perc)、ジェイク・H・コンセプション(sax)など有名どころがズラリ。この辺りは、セッション活動が増えていた山川人脈がモノを言ったらしい。バック・ヴォーカルには八神純子自身も参加している。

ところが、レコーディングは比較的スムースに進んだのに、その後は諸事情で作業がトンと進まず。「東北新幹線」という奇妙なユニット名も、当時「工期が遅れてなかなか開通しない東北新幹線みたい」と揶揄されて名付けられた。プロモーションもなく、八神のライヴで2曲ほどを披露しただけ。そのままユニットは消滅したが、かの山下達郎が『THRU TRAFFIC』を聴き、2人をコーラス隊としてツアーへの参加を要請したのは有名な話だ。これは実現しなかったが、鳴海は達郎氏のツアー『Performance'88-'89』にギターで参加し、<蒼茫>の名演でその名を轟かせている。また山川は後年、達郎、竹内まりやのレコーディングに参加した。

山下達郎バンドのギタリストとして名を上げた鳴海寛と、ニューミュージックやアイドル物などのアレンジャー/kyd奏者/コーラスで大活躍する山川恵津子。その2人の幻のユニットのワン&オンリー作。まだ未聴のシティ・ポップス・ファン、和製AOR好きは、是非ともこの機会をお見逃しなく。もちろん鳴海ファンは、彼の天才ぶりが遺憾なく発揮された75〜78年の最初期秘蔵音源集『僕は詩つくり』、八神純子のバック・バンドだったメルティング・ポットのライヴ盤『Live at Egg-man+』も一緒に。特にメルティング・ポットのライヴには、東北新幹線の人気曲<Summer Touches You>も入っているのだから…。