bunny sigler (1)
フィラデルフィア・ソウルの重鎮プロデューサーのひとり、バニー・シグラーが亡くなっていたことが、この6日に明らかになった。本人に近い関係筋が明らかにしたもので、死因は不明ながら、かなり突然の出来事だったとみられている。享年76歳。

バニーことウォルター “バニー” シーグラーは、1941年3月フィラデルフィア生まれ。ケニー・ギャンブル&リオン・ハフ、トム・ベルらと共に、フィラデルフィア・サウンドの隆盛に多大な貢献を果たした。主な評価はソングライター/プロデューサーとしてのものだが、59年から早くもシンガーとしてレコードを出しており、67年にカメオ・パークウェイから全米トップ20に迫るヒットを飛ばしている。その後頭角を現してきたギャンブル&ハフをと手を結び、71年にフィラデルフィア・インターナショナル・レコードと契約。もっとも彼らはバニーの作曲の才が欲しかったらしいが、何処かマーヴィン・ゲイを髣髴させるヴォーカルにも味わいがあり、フィリー・インターからは『THAT'S HOW LONG I'LL BE LOVING YOU』(74年)、そこから3曲差し替えた『KEEP SMILIN'』(74年)、そして『MY MUSIC』の3枚を発表している。とりわけ『THAT'S HOW LONG...』は、フィリー・ソウル・ファンには大人気の1枚だ。

オージェイズ、ルー・ロウルズ、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツ、ビリー・ポール、スリー・ディグリーズ…といったフィリー・インター・ファミリーはもちろん、カーティス・メイフィールドやその一派のミスティーク、異色なところでハンガリー出身のギタリスト;ガボール・サボなど、他流試合も積極的にこなしたバニー。しかしそれ故に王道を行くギャンブル&ハフとはソリが合わなくなったようで、77年にサルソウル傘下の新レーベル:ゴールド・マインへ移籍。子飼いのバンド:インスタント・ファンクと共に、ディスコ/ファンク路線をひた走ることになった。このラインでは80年までに3作をリリースするも、アルバムによっては玉石混交。カナザワ的にはタイトル通り彼の本音が籠っていたと思しき、このサルソウル2作目が一番好みだった。一般的にはガラージ・クラシック<By The Way You Dance>が有名だが、個人的にはロンリーなミッドナイト・クルーズにハマりそうな<Cry My Eyes Out>が白眉。リオン・ウェアっぽいエロさを醸す濃厚バラード<Half A Man>もなかなか美味。

ちょうどバニーと同じタイミングで、フィリーでの先輩格に当たる名プロデューサー:ジェリー・ロスも鬼籍に。今頃 空の上で「なんだ、オマエも来たのか!」なんて言い合ってるかも。

2人合わせて、Rest in Peace...