kid 65
松任谷由実、松田聖子、吉田拓郎、中島みゆき、杉山清貴、稲垣潤一、SMAP、Kinki Kids、Bread & Butter、森口博子、尾崎豊、郷ひろみ、福山雅治、谷村新司、浜崎あゆみ、Chemistry、MISIA、平原綾香...等などのバッキング・ヴォーカルを務めてきた木戸やすひろが、約40年ぶりに、シンガー・ソングライターとしてアルバムをリリースした。これがまた、「超」を最低3ツぐらいは付けてあげたくなるほどの名盤に仕上がっている。

木戸さんとは Breath by Breath(松下誠・桧山貴咏史・高尾直樹・広谷順子と組んだアカペラ・ユニット)のライヴで知り合い、06年に唯一のソロ作だった『KID』(78年)を我が Light Mellow's Choice(発売はヴィヴィド・サウンド)で初CD化したご縁。それ以来、木戸さんがコーラス参加するライヴに足を運んだり、誰かのライヴを観に行ったら木戸さんもいらしてた、なんてことが続いて今に至っている。我らが sparkling☆cherryでも歌って戴いてるし、彼らの定例ライヴに足を運んでもらったことも。

とてもジェントルな方で、誰に接する時も物腰柔らか。その歌声も実にジェントル&テンダーで、人柄そのままのヴォーカルを聴かせてくれる。声そのものには強い個性などないが、ほのかに甘酸っぱさを孕んだ歌い口はこの道40年の大ベテランとは思えぬ若さがあり、それを重ねて素敵なヴォイシングを構築して存在感を発揮する。だから我々はどうしても、3声なり4声といったコーラス・チームの一員としての彼に慣れ親しんできた。彼自身も、ソロ・アルバムを作ったもののほとんど反応が得られない中、次第に楽曲提供やCM制作の仕事が増え、解散間もない頃のオフコース周辺ワークで歌ったのを機にコーラスの仕事を増やしていった。

この40年ぶり2nd、作曲はすべて木戸さんで、アレンジとプログラムはナイアガラ系で知られるシンガー・ソングライター:岩崎元是とのコラボレイト。“ナンだ、生じゃないのか…?” なんて声が何処からともなく聞こえてきそうだが、彼らはそれよりも2人の意見がピタリ一致し、120%互いに納得できる作品作りを目指したのではないか。実際、極めて丁寧にプログラムされたサウンドは、ナマだの打ち込みだのという意見を差し挟む余地がないほど完成度が高く、違和感や座りの悪さなど、微塵も感じさせない。

とにかく何より素晴らしいのは、楽曲クオリティが本当にハイレヴェルなこと。ソングライターとしても稲垣潤一やWINK、南野陽子、郷ひろみ、高橋真梨子、あみん、八神純子、ハイ・ファイ・セットらに楽曲提供してきた実績があるが、やはり最近のイメージはセッション・シンガーだったから、これほど名曲揃いになるとは想像していなかった 『KID』再発時にいろいろお話しさせて戴き、「実は密かに2作目を狙っている」「ずっと溜め込んでいた曲がある」と言っていた。あれから12年近く過ぎたが、果たしてそうした楽曲は収められているのかな?

スターターにして胸キュンのポップ・チューン<奇跡のかけら>、秋元康の詞で親しかった編曲家:大村雅朗に捧げたウォール・オブ・サウンドの<April>、思わずトロける珠玉のメロウ・フローター<Julia>、意外なストリート・スタイルから軽やかなアーバン・グルーヴに展開する<ニューヨーク・バウンド>、大人の愛をあり方をたおやかに歌った<誰より君を知ってる>、無謀な若い日々をウォール・オブ・サウンドに乗せて振り返る<夜のない時代>、ウキウキのシャッフル・チューン<夏の桜>、虹を渡った愛犬に捧げたバラード<空〜くぅ>、木戸流の濡れ声ソング<背中に翼のないぼくらは>と、まさに駄曲ナシ。ハードな<5分先に何が待ってるのか>で切迫感を表現した後は、メロウなアコースティック・ナンバー3連発でシットリと締め括る。ヴォーカルがイイのはある意味当然だけれど、ソングライターとしての充実ぶりがココまでとは… うわぁ、お見それしました

とにかく、木戸さんほどの大ベテランが、このご時世、120%の自然体でこんな大傑作を創り出したことが、ほとんど奇跡的。タイアップつきまくりで湯水のように金が使えるビッグ・ネームではなく、ほとんど2人だけでジックリ時間を掛けてコツコツ完成させたアルバムだから、その価値は一気に倍増する。岩崎さんもナイス・ジョブだな

40年前の『KID』はミニ・カーのアートワークだったけど、この『KID 65』はモノホンのアメ車。ブックレットには楽器やらスニーカーやらヘルメットやらカメラやら、たくさんの大人向けオモチャが。真っ赤なミニ・カーが写り込んでいるのも、なかなかシャレが効いている。

まだ今年も2ヶ月あるけれど、カナザワ的には、今年リリースの和モノ作品の中でNo.1に選ぶアルバムになりそう。何かと凹むことが多い昨今だけど、前向きに生きていれば、きっと何かイイことあるさ。
「奇跡は特別な人がつかむモノじゃない…」 
そんな想いに寄り添ってくれる、オトナたちの心と耳のサプリメントたる作品だ。