sano_maniju

銀次さんのニュー・アルバムを書いていたら、ライヴにゲスト出演していた佐野元春の新作についても書かずにいられなくなってしまった。7月発売だったので、既に5ヶ月近く。最初に聴いた直後ならともかく、ブログ更新が止まってた期間もあったから、普通はスルーしちゃうところなのに、何かこう、「やっぱりコレは書いておかねば!」と、突き上げられるような衝動に襲われた。自分が解説書いたり、監修したアルバムではないのに、こういう気持ちになるのは、実はちょっと珍しいことである。

和モノ好きを自負しておきながら、些か不遜な物言いになってしまうが、自分は佐野さんの音楽が少々苦手だった。理由は明白。詞が重いからである。メッセージ性のある詞が嫌い、というコトでは決してないが、自分の場合はまず音ありき。楽曲/アルバムを何度か聴いて、歌詞が自然に耳に入ってきて、その内容の重要性に気づくならイイ。でもメロディやサウンドよりも先に耳が詞へ行ってしまうのは、ノー・サンキュー。感情移入や自己投影が激しいタイプの人間なので、どうも歌詞と一緒に落ち込んだり、胸を詰まらせてしまうようだ。そして歌に感情を支配されがちな自分が、たまらなく嫌いだった。達郎さんや角松がOKで、佐野さんは苦手、というのは、実はその歌詞の重さ、詞と音のバランス感の違いに原因がある。

それでも近年の佐野作品は、発売から間もないうち手に入れて聴いてきた。ディープに聴き込んだ、と言えるほどではないものの、それなりに好きなアルバムもあった。でも今回の新作は違った。ハマる、までは行かないまでも、最初は取り憑かれたように数回立て続けに繰り返し聴いたし、それから1週間ほどはかなりの頻度でスピンした。そんなコトは佐野作品で初めてのコトだった。

シンパの多い人だけに、ファンはみな黙って絶賛。でも「バンド史上最もポップなアルバム」「今までになくアーバンな仕上がり」という声は多く、彼自身が経験した様々な音楽スタイル、例えばサイケやニュー・ソウル、ブルー・アイド・ソウル、フォーク・ロックなどを独自に発展させ、バラエティに富んだ作りにしている。コヨーテ・バンドも結成から13年。今作がスタジオ・アルバム4作目にあたり、まさに充実の時。極上のバンド・サウンドを提示している。でももっと根本的な部分で、メロディと詞の関係性、今までになかった新機軸を感じるのだ。佐野自身、あるインタビューで「今回はちょっと視点を変えた表現をしている」と語り、「どのアルバムにもない新しいもの」を作ったとしているのだ。どんな変化も素直に是としてしまうコア・ファンより、自分のように、今まで距離があったのに今回はスンナリ聴けるというリスナーの方が、もしかしたらその進化の深さをハッキリ実感できるかもしれない。

でもそれが何なのか、まだ自分には見えていないのも確かだ。それほど聴き込めてないし、前作・前々作あたりとの聴き比べもできていない。ソウル・エッセンスの増量はカナザワの好みだが、そんな単純な問題でもないだろう。曲作りで何か意識の変化あったんじゃないかと推察できるし、バンドがいい状態の時にこそトライしたいことがあったような気もする。

いずれにせよ、自分にとっては佐野元春の最高傑作になるかも、という今作。彼が「固定ファンはひとまず置いといて、グレー・ゾーンのリスナー、新規顧客を開拓を獲得すべし」と新たな矢を放ってきた結果なら、本当に素晴らしい。そしてその視界には、Suchmos あたりの若い音楽ファンを捉えているのでは…? 今からもう次作が楽しみになってきた。