D_Foster_H1 - Sサイズ

クリスマスなど何処へやらで、絶賛勤労中。最新デジタル・リマスター及び高音質盤UHQ-CDを採用した “サウンド・デザインAOR3部作” の最終章は、かのデヴィッド・フォスターが世界に先駆けて日本でリリースした、初めてのリーダー・アルバム。アトランティックから発表したワールドワイド・デビュー作『DAVID FOSTER』に先掛けること約3年、83年秋に発売された。しかもアトランティック盤で示されたイージー・リスニング調の優美なピアノ・インストゥルメンタル中心の作風は、本作で既に確立。フォスターが書いた有名バラードの数々が、リリカルなピアノで奏でられている。

ご存知の方も多いだろうが、この『THE BEST OF ME』には、収録曲と曲順、ミックスが異なる2種類の作品が存在する。オリジナル盤が83年作。その後発の85年盤では、オリジナル盤には未収だったシカゴ<Hard To Say I’M Sorry(素直になれなくて)>のインスト版を追加収録し、フォスターと新人ヴィッキー・モスが歌った<Love At Second Sight(愛の予感)>をオミット。しかし04年には、その全曲をコンプリートした作品がリリースされた。今回も中身はそのコンプリート盤である。

聞けばこのアルバム、当初はエアプレイの2ndを作る、というプランもあったとか。しかしそれは諸事情で実現せず、フォスター・ソロへ方向転換。当人も初ソロ作ということで、それ相応の意気込みで臨んだようだ。ピアノを除くと、一台のシンセも録音機材も置いてなかった自宅に急遽スタジオ・ルームを作ったのだ。自分のピアノやキーボードを作品の中心に据える方向性も、その頃定まったとされる。

発表当初、ロックでもポップスでもないイージー・リスニング風ピアノ・インストという内容に、多くのファンが戸惑った。特に、エアプレイのように緻密に計算されたハイ・ブリッドなポップ・ロックを期待した向きには、ほとんど裏切りにしか映らなかっただろう。かくいう自分もそうである。早くからフォスターの甘美なメロディ・センス、オーケストラ・アレンジのスウィートニングに魅せられた人は、むしろ女性ファンに多かったのではないか? でもその後、彼がバラード専門のヒット・メイカーとしてポップ街道を驀進し始めるにつけ、「あぁ、本当にコレが演りたかったんだな」と納得。ホイットニー・ヒューストンやマイケル・ジャクソン、セリーヌ・ディオンにマイケル・ブーブレなど、ジャンルを超越してヒットを創り続ける姿が、一般ポップス・ファンの知るデヴィッド・フォスター像なのだ。

収録曲のうち<Chaka>は、チャカ・カーンが歌った<Through The Fire>の原曲。チャカのプロデューサー:アリフ・マーディンがコレを聴いて感銘を受け、バリー・マンの奥様である作詞家シンシア・ワイルに詞を発注。フォスターにプロデュースを依頼し、84年発表の『FEEL FOR YOU』に収めたのが<Through The Fire>である。また<The Dancer>は、ポール・アンカの79年作『HEADLINES』でポールとフォスターが共作した<Learning To Love Again>の改作。アルバム・タイトル曲<The Best Of Me>は、86年のアトランティック盤でオリヴィア・ニュートン・ジョンとデュエットしたバラード。ココではフォスター自身のリード・ヴォーカルで歌われたが、それに一番抵抗したのは、他ならぬフォスターだったという。作曲はフォスターと下積み時代のリチャード・マークス、ジェレミー・ルボックの3人。<Night Music(真夜中の旋律)>は、オリヴィアとジョン・トラヴォルタが共演した映画『TWO OF A KIND(セカンド・チャンス)』(83年)のサウンドトラック所収のピアノ・インスト。このサントラはフォスター制作だが、この楽曲がフォスターが初めて全米向けに発表した自分名義のソロ楽曲だった。

全体的にヒット曲や有名曲のデモ音源集的ニュアンスもあり、作品化に際しては様々なダビング、トリートメントを施し、完成度を高めている。とはいえ、リ・アレンジを念頭に自分の代表曲を集めて録り直したセルフ・カヴァー集『RECHORDINGS』(タイトルに要注目/91年)とは、明らかにコンセプトが違う。コレがワールドワイド・デビューへ向けた試金石になったことも事実だ。そうした意味では、本作がなければ、アトランティックとの契約だって成立していなかったかも。