bruno mars_24k

ヒップホップ勢優勢、主要部門をヒッツホップが独占か!?などと、そちら方面からの期待が高まっていた第60回グラミー賞。終わってみれば、ブルーノ・マーズのスウィープ(圧勝)という、ある意味順当な結果に。ブルーノはノミネート全6部門中、最優秀レコード、最優秀アルバム、最優秀ソングの主要3部門を含む全部門で受賞をさらった。新人賞は前評判が高かったシザではなく、アリシア・カーラに。ラッパー:ジェイZは最多の8部門にノミネートながら無冠に。同じくラップ/ヒップホップの人気者ケンドリック・ラマーは5部門を獲得し、明暗を分けた。

仕事をしながらチラチラ見ていただけなので、あまり偉そうなコトは言いたくないふが、今年のグラミーは例年になく政治的/社会的メッセージ性の強い授賞式だった。ジェンダー・フリー、テロ犠牲者の追悼、各種ハラスメントや自殺の防止、そして早速話題になっているヒラリー・クリントンらのトンラプ暴露本の朗読…。その分、物故者トリビュートのパートが軽めに端折られた感があったのが残念だったが。

ブルーノ圧勝も、ヒップホップ支持票がケンドリック・ラマーとジェイZに割れた結果で、ブルーノが漁夫の利を得たという見方があるが、実はそれだけではなく、もっと根本的なサイレント・マジョリティの力が発揮された気がする。つまり…

ここ何年か、カントリー勢が強かったのは、米国社会が右傾化していた象徴。その結果としてトランプ政権が誕生し、貧富や人種の分断が進んだ。これによってヒップホップ勢が威力を増すのは当然のこと。そうした社会的/政治的風潮が音楽シーンに少なからず影響を及ぼすことは、いつの時代にも繰り返されてきた。しかし、そうした次元とは少しだけ距離を置いたところに、エンターテイメントとしての音楽が存在する。時の空気感を汲み取りながらも、分断ではなく融合を目指す動き。そうした磁力がブルーノに向かって働いたのではないか。リベラルな考え方を持つものが多いUS音楽シーンだけど、何処かでシッカリ バランス感を保っている。

そういう意味では、享楽性が強すぎて、若い世代の思考性を奪うような音楽しか作っていない、もっと言えば、音楽を単なる商売のツールにしてしまっている日本のミュージック・シーンの問題は、もっともっと根が深い。