jimmy gordon

69年に設立されて70年代を駆け抜けた(活動停止は78年)、ジャズというよりリアル・クロスオーヴァーといった方がピンとくるレーベル:フライング・ダッチマン。代表的アーティストというと、ロニー・リストン・スミス、ギル・スコット・ヘロン、ガトー・バルビエリ、レオン・トーマス、リチャード・グルーヴ・ホームスなど、レア・グルーヴ期に入って再評価が進んだミュージシャンが数多く在籍したことで知られる。L.A.エキスプレス以前のトム・スコット、名ギタリスト:ラリー・コリエルもリーダー作を残したが、その辺りは、ジョン・コルトレーンやチャールズ・ミンガス、ソニー・ロリンズらの名盤を手掛けてインパルス全盛期を築いたプロデューサー:ボブ・シールが独立して立ち上げたレーベルという、彼の看板や人脈がモノを言ったのだろう。そのフライング・ダッチマンのカタログ群が、1000円廉価のシリーズ《フライング・ダッチマン 1000・マスター・コレクション》として、昨年10月と今年1月に、各30タイトルづつ計60枚がリイシューされた。

その中に、ちょっとビックリなタイトルが。このレーベルに所属した太鼓叩きといえば、“ダ チーチーチー” のバーナード・パーディが有名だが、実はこの人もココでリーダー作を出していた。それがジミー・ゴードン。ロック・ファンにはジム・ゴードンといった方が、数倍馴染みがあるだろう。ハル・ブレインの後継として頭角を現し、L.A.スワンプ方面で活躍。エリック・クラプトンのデレク&ザ・ドミノスのドラマーとして名を馳せ、ジョン・レノンやジョージ・ハリスンのソロ作のセッション、スティーリー・ダンのレコーディングやトラフィックでも活躍した。大きな身体から繰り出す豪快なノリと、絶妙なシンコペーションが持ち味で、ジェフ・ポーカロも憧れのドラマーのひとりに挙げている。

このアルバムは、1945年生まれのジムが24歳の時に作った、最初で最後のリーダー作品。参加メンバーは、2曲提供しているトム・スコットを中心に、ジム・ホーン(sax)、ルイ・シェルトン/ドン・ピーク(g)、ジェリー・シェフ(b)、マイク・メルヴォイン/ドン・ランディ(kyd)、ゲイリー・コールマン(perc)…といった、当時のL.A.スタジオ・シーンの敏腕たち。プレスリーのサポートで有名なジェリー・シェフは、後にシカゴに加入したジェイソン・シェフの親父さん。鍵盤のランディは、かの人気ライヴ・スポット:バイクド・ポテトのオーナーである。

名義に “ジャズンポップス・バンド” とあるように、レパートリーもジャズとポップスのインスト・カヴァーが中心。ファッツ・ドミノ<I Know>で楽しげに幕を開け、バッファロー・スプリングフィールド<Bluebird>、ボビー・ヘブ<Sunny>、ゲイリー・バートン<Walter L.>、ホレス・シルヴァー<The Preacher>とリラックスして盛り上がっていく。ローリング・ストーンズ<Satisfaction>のドラム・ソロでは、思わずドミノスのライヴ盤がフラッシュバック。更にゴードン自身が、アルバム・タイトル曲<Hog Fat>を書き下ろしている。“へぇ、この人、曲も書けるんだ” と思った方もいると思うが、実はクラプトンの代表曲<Layla>は2人の共作。特に後半部はゴードンのペンという説が有力で、ピアノも当人が弾いている。

しかし、ドラックとアルコール漬けの日々から統合失調症を患い、80年代早々からマトモな演奏が不能に。それから間もなく、闇からの声に誘われて実母を殺害。日本でいう医療刑務所に、現在も服役しているそうだ。ジェフやスティーヴ・ガッドのフォロワーは少なくないが、ゴードンのようにスケールの大きなドラミングを聴かせるスタジオ・ドラマーは、すぐにはチョッと思い当たらない。少し大きめにミックスされた本作でのプレイも、ジャズとかロックを超越したスタイルで実に興味深いのだが…。