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昨夜、元ミュージシャンで、友人というより一時は兄貴分のように慕っていた人の訃報に接した。景家正雄、歳は自分より2つ3つ上だったか。しばらく前から身体を壊している、という噂は聞いていたが、まさかこんなに早く亡くなるとは…。

デビューしたのは84年。男性シンガー・ソングライター・デュオ:CHRYSTY(クリスティ)として。サントリー・ワインのCMソングを歌っての登場だから、それなりに期待されたデビューだったのだろう。天下のソニーからアルバム2枚、シングル3枚をリリース。2作目『PLATINUM LADY』は、拙監修ディスクガイド『Light Mellow 和モノ』にも掲載した。そうすると依怙贔屓、なんて声も出そうだけど、自分はそういうところはクールに客観視できるヒネクレたタイプなので、そういうことはないと思う。きっとアーバン・メロウなミディアム・スロウのタイトル曲を聴けば、納得してくれる人がほとんどだろう。これもCMに使われた。

氏と濃密な付き合いをしたのは、90年代半ば頃の3〜4年ほど。山本達彦に楽曲提供したり、元オフコースの鈴木康博のサポートなどでも活躍した人だったが、当時はすでにプロ活動をフェイドアウト。千葉県柏に生オケで歌えるライヴ・バーをオープンし、自らギターを手に歌っていた。出会いの場は、カナザワがプロの音楽ライターになる前に仲間たちと組んでいた社会人サークル。マニア同士意気投合し、月イチで開催されていたオフ・ミーティングのみならず、時々互いの家を行き来した。

2人の媒介となったのは、もちろん互いにAORフリークであることだったが、多くのマニアが集ったサークル・メンバーの中でも、トップ・クラスのマニアだった我々は、超ド級のコレクターであるK田氏を加えて、“3K”などと呼ばれていたっけ。氏のAORライブラリーで驚いたのは、珍盤レア盤の数もさることながら、同じレコードが何枚も何枚もザクザク出てくること。それもキレイにラックに揃えて入れてあるから、背の模様が揃っていて、パッと見で「なんだ コレは?」となる。未CD化のアルバムだと、聴く用と保存用の2枚所有はよく聞く話だが、氏の場合は、自分の愛聴盤が良い状態で安く売られていると、可哀想になって思わず買ってしまうと笑っていた。それを機に、自分の仲間内では レコードを“連れて帰る” という流行り言葉が生まれ、同じことをする輩が一気に増えた。レコードをそのまま取り込める業務用スキャナーを買い込み、レア盤をCD-R化して、ジャケットをつけて “KAGEIE-LABEL” と称して身内に配っていたこともある。AORの知識もさることながら、何よりセンスのイイ人だった。

とはいえ、人間いい時ばかりではない。店を畳み、静岡方面に引っ越す際は大量のレコード・ライブラリーを手放された。でも一部貴重盤は、“知ってる人に持っていてほしい” とおっしゃって、安価で配ってくれた。でも “いいからいいから、気にしないで持ってって” という笑顔が、やはり寂しそうだったなぁ…。転居後はついぞ会うこと叶わなかったが、電話では何度か話すことができた。受話器の向こうにいる氏は、いつもと変わらぬ優しい声をしていた。

デュオ解散後、一緒に再デビューする話もあったという弟さんは、現在もミュージシャンを続けていらっしゃる。以前、柏のお店でパーティをした時にお目に掛かって以来ご無沙汰しているが、実は共通の知り合いが少なくなく、その縁で2〜3年前にfacebookで繋がり、お兄さんの状況があまり良くないことは聞かされていた。でもまさか、こんなに早く逝ってしまうとは…。

そういう年齢に近づいたとはいえ、親しい人がいなくなるのは悲しくツラい。改めてご冥福をお祈りします…。安らかに。



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