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ソニー・ミュージック・ジャパンの廉価再発シリーズ【Nice Price Returns】の『70's UKポップの迷宮』20タイトル。その中で即座に「これは買わねば!」と思ったのが、日本初CD化となるフォーエヴァー・モアの2枚だ。アナログ盤は持っているので、07年にCDが出ていたのを知っても “資料的に持ってるだけならアナログで充分” とスルーしてきたが、国内盤が安価で出るなら話は別。何せこのバンドは、アヴェレージ・ホワイト・バンドの結成母体となったグループなのだからして。

結成は69年のロンドン。メンバーはアラン・ゴーリー(b,vo)とオニー・マッキンタイアー(g,b)、ミック・トラヴィス(vo,g)、スチュアート・フランシス(ds)の4人。アランとオニー、スチュアートの3人は、スコットランドのグラスゴーで結成されたザ・スコット・オブ・セント・ジェイムス出身で、そこに同郷バンド:ドリーム・ポリスにいたヘイミッシュ・スチュアートが参加したのを機に、ポップスコッチに改名している。このポップスコッチは2枚のシングルを出したが、長続きせず、ヘイミッシュはグラスゴーへUターン。そこへミック・トラヴィスが参加し、フォーエヴァー・モアになった。

フォーエヴァー・モアは70年に『YOURS FOREVER MORE』で英米同時デビュー。同年暮れには2nd『WORDS ON BLACK PLASTIC』を出している。プロデュースは共にヤードバースのプロデューサーとして知られるサイモン・ネピア=ベル(後にジャパンやワム!を手掛ける)と、その相方レイ・シンガー。バンドはアランとミック・トラヴィス主導で運営され、歌うのもオリジナル曲のソングライティングも、彼ら2人が中心に座っていた。元々米海軍基地に近いスコットランドはパースの生まれで、早くからモータウンやスタックスといった黒人音楽に親しんでいたアランに対し、生粋のイングランド人であるミックは、ローバート・プラントやジョン・ボーナムが在籍したバンド・オブ・ジョイの末期メンバー(本名ミック・ストロードで参加)で、オールド・スタイルのフォークやブルースを好んだ。

それゆえフォーエヴァー・モアの音楽は、ポップ、ロックン・ロール、ソウル、R&B、フォーク、カントリーなどがごちゃ混ぜになった折衷仕様。ザ・バンドもあればボブ・ディラン、レッド・ツェッペリン、フリーみたいな楽曲もある。それでも1stにはマルコム・ダンカン、2ndにはロジャー・ボールと、後に一緒にアヴェレージ・ホワイト・バンド(以下AWB)を組む面々が。彼らもまたパースに近い地方都市:ダンディ出身で、“ダンディ・ホーンズ” としてセッション活動していた。まんまゴッタ煮風の1stに比べ、2ndが多少スッキリした感があるのは、アランがほぼ全曲の曲作りに参加したためかもしれない。

しかしフォーエヴァー・モアはこの2枚を残して解散。71年になるとアランがオニーを誘って新しいバンドを立ち上げるべく、ダンディ・ホーンズの2人や、2人が参加していたモーグル・スラッシュ(ベースはジョン・ウェットン)の同僚マイク・ローゼン、ポップスコッチのライヴァル的存在だったザ・セナットのドラマー:ロビー・マッキントッシュに声を掛け、オリジナルのAWBのラインナップが揃った。しかしローゼンは数回のリハーサルでバンドを離れ、72年になってヘイミッシュが合流。AWBの正式デビューは、翌73年のことである。