kadomatsu_breath 2018

待望の角松ニュー・アルバムは、かつて自身のレーベルでプロデュースを手掛けたビッグ・バンド:Tokyo Ensemble Labへのトリビュート作品で、角松自身の既発曲にビッグ・バンド・アレンジを施したセルフ・リメイク・アルバム。いつも通り発売日前に音を貰っておきながら、今回は書き物のゴールデン・ウィーク進行に重なり、アップするタイミングが遅れてしまった…。先日のポンタさんライヴでも、顔見知りに「早くブログに書いて下さいね」と催促される始末で…。へぇ、どうもスミマセン m(_ _)m

さて、中身について書く前に、やはりコレは書いておかねばなるまい。それは、『SEA BREEZE 2016』、『SEA IS A LADY 2017』、そしてコレと、都合3作連続で企画アルバムが続いてしまったこと。これはすなわち角松自身が、新しい曲を書くことができない、という壁にぶつかっていることを、いみじくも露呈させてしまった。解凍後の角松は、全身全霊を込めた純新作と企画アルバムをほぼ交互に出してモチベーションを維持してきたが、今はそのバランスが崩れている。

もちろん角松ほどのキャリアがあれば、レトリックで曲を書くことは大して難しくないはずだ。しかしかつては “自分の血で曲を書く” と言っていた男。ここぞという時は、自分の納得する形でしかアルバムを作らない。だから今は突破口が見い出せず、体を成さないアイディアが彼の中で渦巻いているのだろう。傍目で見ていると、あまりに忙しすぎて煮詰める時間が取れないのでは?、と思うが、彼は同時に経営者でもあるワケで、自分が稼働して稼がないと、というジレンマがある。

いずれにせよ、そこは彼が自分でケリをつけるしかなく、周りは見守ることしかできないが、前作『SEA IS A LADY 2017』がそれなりに当たってくれたおかげで、企画モノの延長戦が可能になった。そこでこのビッグ・バンド・ジャズ作品。実際、大阪で続けているアロー・ジャズ・オーケストラとの共演が定例化してきたところで、いずれそれを活かした作品が出てくるだろうことは予想できたし、是非やってほしいとも思っていた。順番が前倒しになった感があるとはいえ、そのアイディアは降って湧いたワケでも間に合わせでもなく、ある意味レギュラー・アルバムより大きな覚悟が必要だ。ビッグ・バンド・ジャズを演るのは、生半可じゃできないことで、企画作といえどもリスキーかつ大きなチャレンジなのである。

Tokyo Ensemble Labを率いた数原晋さんが体調を崩されてセミ・リタイアしたことは知っていたから、そこはどうするんだろう?と思っていたら、盟友:本田雅人の起用でうまく切り抜け、アロー・ジャズのキー・パーソンたちも随所にキャスティング。そしてなんとビックリ、巨匠:前田憲男を引っ張り出し、ブラス・アレンジを委ねた。その曲は、オリジナルの『BREATH FROM THE SEASON』にも入っていたホレス・シルヴァーの<Nica's Dream>。そこから先の経緯は、詳細に及ぶ角松自身のセルフ・ライナーをご一読あれ(でも長ぇーヨ

パーカッションの大儀見元、ハイノート・ヒッターとして名高いトランペット奏者エリック宮城、それに梶原順(g)の久々の参加などは、ビッグ・バンド・ジャズ・アルバムを作る上で予想できたキャスト。逆に意外だったのは、Vocalandでお馴染み:吉沢梨絵やコアラモードのシンガー:あんにゅの参加だ。<Have Some Fax>はオリジナルの『Fankacoutics』版を所々に使っているため、沼澤尚、松原秀樹、故・浅野祥之のクレジットがある。

楽曲チョイスも、アローとのレパートリーをベースに、よく練られていると思う。個人的に “ハマったな” と思ったのは<Rain Man>。角松自身「ここ10年間で自分の書いた曲の中でも特に印象的」と書いているが、かくいうカナザワも、角松のメロディメイカーとしての資質を最も端的に示した曲のひとつだと考えている。ついでに書いておくと、<Rain Man>に加えて、<No End Summer>と<浜辺の歌>の3曲こそ、角松節と呼びたくなる独特のクセや節回しを超越した、まさに普遍的メロディを持つ名曲だと思う。また今作では、<SHIBUYA>の4ビートのナチュラル感、せわしなかった<Airport Lady>の心地良いシフト・ダウンも特筆モノ。

エルボウ・ボーンズ&ラケッティアーズ<A Night In New York>のカヴァーには「ほぅ〜」と唸らされたが、そういえば少し前に今井優子のレコーディングで角松スタジオを訪れた時、コンソールのところにアナログ盤が飾ってあったのを思い出した セルフ・ライナーでも、「僕世代の人たちには涙モノの曲だろう」と書かれている。でも実際は、最近の和モノ・シティポップ・ブームにあって “サヴァンナ歌謡” と愛称で呼ばれるほど、80's定番のヒット・パターンとして再評価が進んでいる状況。“サヴァンナ歌謡” というのは、仕掛け人キッド・クレオール=オーガスト・ダーネルがDr.バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンドを率いたところからの命名で、当時の歌謡曲/ニューミュージックの元ネタとして相当に使い倒された。実は15年ほど前のエルボウ・ボーンズ再発CDも、カナザワが監修するリイシュー・シリーズに組み込んで出したモノだった。

角松本人が力説している通り、ジャズがテーマだからといって4ビートにこだわる必要はまったくない、と自分も思う。原理主義的なジャズ・ファンは少なくないが、ジャズは本来、自由度の高いモノだ。ただこのアルバムを通して聴くと、デキはとても素晴らしいものの、もっと4ビートやスウィング・アレンジの楽曲が多くなっても良かったかな?という印象を抱いた。まぁそこは、普段からコンテンポラリー・ジャズにも馴染んでいる自分の私見なので、角松コア・ファンにはこの程度がイイ塩梅なのかもしれない。それと、SNSか何かの書き込みで、このジャケに疑問を呈しているファンがいたけれど、それはちょっと勉強不足。このジャケ、ビッグ・バンド・ジャズ、そしてエルボウ・ボーンズ&ラケッティアーズもしくはサヴァンナ・バンド、この3者を繋げられる程度の音楽知識は持ってほしいし、分からなければ分からないで、何故このジャケなのかを知ろうとする探究心を燃やしてほしい。角松みたいに真摯なスタンスで音楽を作るアーティストの真のファンなら、ヤツのケツを追っかけ回すだけじゃアカン、なんて思うのだ。

…ということで、次はこのアルバムを引っ提げてのツアーが待っている。ビッグ・バンドとなれば大所帯になるなので、東名阪くらいしかツアーできないのでは?と危惧していたら、そこそこ大きなツアーになるらしい。オイ、ビッグ・バンドはどうするの? 莫大なギャラが必要じゃないのと心配したくなるが、もちろんそこは既に作戦を立てている様子。ニヤリと悪戯っぽく笑ったマネージャー氏の顔が、どうにも忘れられません