johnny mathis 81

やっとコレを聴ける日が来た。ジョニー・マティスが81年に制作しながら、長年お蔵入りしたままだった幻のアルバム『I LOVE MY LADY』。完成から37年を経て、ようやくあるべき姿でリリースされた。プロデュースは何と、シックのナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズ。熱心なシック・ファンの間では、存在だけはよく知られていたものの、これまでまったく世に出ていなかった。それが突然お披露目されたのが、17年暮れにリリースされたマティスのボックス・セット『THE VOICE OF ROMANCE:The Columbia Original Album Collection』の1枚として、だった。

ところがこのボックス・セット、おいそれと買うことができない。何故なら、コレまたビックリ、全68枚組というソニー時代を網羅したフル・ヴォリュームのボックスなのだからして… 「オメェ、マイルス(デイヴィス)かよ、ディランかよ」と思ってしまうが、米国でのマティス人気は日本の杉良太郎を髣髴させるモノで、オバチャマたちのアイドルに君臨している。だからこのヴォリュームでも、全然イケちゃうのだ。

でも日本でのマティスは、熱心なオールド・ポップス・ファンに名が通っている程度。AOR的に視野を広げたところで、せいぜい70年後半以降のアルバムがあればこと足りる。だから諦めるしかなかった。

するとこれが今年4月のレコード・ストア・デイ企画で、アナログ盤での単独リリース実現。これは買うしかない!と手に入れた。ナイルとバーナードが作曲/プロデュース、アレンジ:ジーン・ペイジ(おそらくストリングスだけでは?)、そしてパワー・ステーションで録音、ということ以外、参加ミュージシャンのクレジットなど皆無なのだが、まぁ、そこは当時のシック・ファミリー中心と思われる。

当時マティスは、デニース・ウィリアムスとのデュエット<Too Much, Too Little, Too Late>が全米No.1になり、その勢いを維持していくのが重要なテーマ。しかし79年に出した『THE BEST DAYS OF MY LIFE』はスマッシュ・ヒットを出すに止まり、続く『MATHIS MAGIC』はチャート・インすら叶わなかった。 そこでしばらくコンビを組んでいたプロデューサー:ジャック・ゴールドを斬り、飛ぶ鳥を落とす勢いのシックの2人を抜擢した。

ナイルとバーナードは、母船シックの活躍もさることながら、シスター・スレッジやダイアナ・ロスのプロデュースで高い評価を得ていた。おそらくマティスはダイアナの『DIANA』を聴いて、彼らに白羽の矢を立てたと思われる。
「ナイルやバーナードと一緒に働き、歌うのがどんなに楽しいことか。彼らはメロディやフレーズを磨き上げるように新しくエキサイティングな歌で、僕をユニークな未体験ゾーンへ導いた。それはシンガーである僕の新たな出発であり、キャリアのマイルストーンになった」

だがレコード会社は、マティスにそうした変化を望んでいなかったらしく、コレをお蔵入りにし、代わりにベスト盤をリリースする。そして翌年作られたのが『FRIENDS IN LOVE』。ジェイ・グレイドン制作の元でディオンヌ・ワーウィックとデュエットした2曲を除くと、まるで覇気のない作品に思えた。おそらく当時のマティスは、この仕打ちに対してやる気を失くしていたに違いない。

では、この蔵出しアルバムがどれほど素晴らしいかというと、実はまぁ、ちょっとビミョーで… もちろん勢いに乗った 在りし日のシック・サウンドが聴ける点は非常に嬉しく、久々にブッ太くてブリッブリのバーナードのベースに狂喜。ナイルのギター・カッティングも、この頃はただノリが良いだけでなく、キレよりも まろやかなグルーヴがあった、なんて思っている。でもクルーナー・スタイルのマティスのヴォーカルとの相性は、シッカリ噛み合っているとは言えず、楽曲によって付いたり離れたり、の印象。

考えてみれば『DIANA』も、アルバム通して素晴らしかったか?というと、<Upside Down>や<I'm Coming Out>といった好曲が幅を利かせた一方で、今イチな楽曲も混在していた記憶がある。ヴァーサタイルなポップ・シンガーであるダイアナにしてそうだから、よりMOR色濃厚なマティスなら、もう少し溝が開いて当然だ。でもマティスはそれまでに、散々その手を歌を歌ってきたから、あえて新機軸を求め、リスナー拡大を目論んだのだろう。だがそうした冒険をレコード会社が許容しないのは、今も昔も変わらないようである。

けれども、そうした中途半端なトコロがあったにしても、もう37年前のこと。今ならそのトライ&エラーを素直に楽しめるし、ココを伸ばせば面白くなったのに…、という楽しみ方ができる。ジーン・ペイジがいるから、さぞストリングスが派手なんだろうと思いきや、それは僅かで結構控えめ。逆にディスコではない、骨格だけの超シンプルなシック・サウンドが聴ける点では、新しい発見さえある。ドラムレスのラテン・ミディアムに仕上がったタイトル曲など、シック制作には珍しいのでは? 確かに万人受けするポップ・チューンはないけれど、少しダイアナ風に仕上がった<Love And Be Loved>は、充分シングル・ヒットだって狙えたと思う。

いずれにせよ、出せばダイアナみたいにヒットしたか?と問われれば、大きな疑問がある。従来のマティス・ファンは、間違いなく戸惑っただろう。ただ当時のシックの勢いをもってすれば、立派な注目盤になったはずで、それなりのセールスは期待できた。それとも大スター:マティスには、そういう安易な冒険は許されない、とでも言うのか。確かにモータウンも、『DIANA』のミックスをやり直すなどして紆余曲折あったものの、最後は清水の舞台から飛び降りる覚悟でダイアナを成功させた。でもそれをできなかったマティス側は、当然の如くジワジワ後退。ディオンヌとの<Friends In Love>以降は、トップ40ヒットさえま出ていない。

この世界に「たら」「れば」は禁物。だけどこのアルバムは、まさにそのターニング・ポイントに位置した作品だった。それを考えたら、このアルバムの重要性は、時間を置いたからこそ理解できたのかも知れないな。