danny kirwan

フィル・コリンズではありません! フリートウッド・マックがブリティッシュ・ブルース・バンドだった時代に、看板のトリプル・ギターの一角を成したダニー・カーワンが、米国時間6月8日(金)に他界した。死因は公表されていないが、一時は精神を病んで入院したり、アルコール中毒更生施設に入ったり、終いにゃホームレス状態で発見されるなど、一時はかなり荒んだ暮らしぶりだったらしい。近年は再びギターを手にするなど明るいニュースもあったが、結局もて舞台に立つことはなく人生の幕を閉じた。享年68歳。

カーワンがフリートウッド・マック加入は、68年の2ndアルバム『MR.WONDERFUL』のリリース直後。マックは既に、ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズでエリック・クラプトンの後釜を務めたピーター・グリーン、スライド・ギターの名手ジェレミー・スペンサーのギタリスト2人を擁して大人気を得ていて、そこにジャズやポップの素養を持つカーワンを迎え、多様性を描こうとしていた。カーワン加入のお披露目が、英No.1ヒットになったシングル<Albatross>。だがマックは早くも変革期を迎えつつあり、ダーワンにとっての初アルバム『THEN PLAY ON』(69年)は、この編成での最終作に。しかもココで大いくフューチャーされるはずだったスペンサーは姿を見せず、結果、約半分の楽曲をカーワンが提供している。


その後マックで『KILN HOUSE』(70年)、『FUTURE GAME』(71年)、『BARE TREES』(72年)の3作に参加。ブルース・バンドからポップ・バンドへ進化していくグループを、シンガー・ソングライター。ギタリストとして支えた。クリスティン・マクヴィーの参加が『KILN HOUSE』から、一般的にマックをポップスに導いたとされる初の米国人メンバー:ボブ・ウェルチがFUTURE GAME』からの参加だったことを考えると、繋ぎ役だったカーワンが中期マックで果たした意外に重要な役割が見えてくる。

72年のツアー中にメンバーとイザコザを起こし、解雇されたカーワンは、75年から3枚のソロ・アルバムをリリース。最初はポップ、ロック、フォーク、トラッド、カントリーなどを綯い交ぜにした音を作っていたが、上掲の3rdソロ『HELLO THERE BIG BOY!』(79年)では、英国産AORとでも呼べそうなウエストコースト・スタイルを展開。ジャケを見ると、ソロで成功したボブ・ウェルチを意識したかのようにも見受けられるものの、シーンから完全に無視され、いつしかロンドンの霧の中に姿を消した。

Rest in Peace...