colosseum 2

忙しさにかまけていたら、いつの間にか、英国ジャズ・ロック・シーンの伝説的ドラマー:ジョン・ハイズマンが亡くなっていた。ハイズマンは、最近ガン性の脳腫瘍を取り除く手術を受けたものの失敗に終わり、ホスピスに入院。6月12日に息を引き取ったという。享年73歳。

ジョン・ハイズマンといえば、クレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウンでプレイしている時に指名を受け、グレアム・ボンド・オーガニゼーションに加入してジンジャー・ベイカーの後任を務めた人。その後はコロシアム、テンペスト、コロシアム IIなどで名を馳せた。68年に初代コロシアムを結成。斬新なジャズ・ロック・サウンドで、2枚のアルバムをUKチャート・トップ20にランクさせている。ディック・ヘクストール・スミス(sax)、トニー・リーヴス(b)、デイヴ・グリーンスレイド(g)、クレム・クレムソン(g)、ジェイムズ・リザーランド(g,vo)など、英国ロックの重鎮達の多くが、このコロシアム出身だ。

コロシアム解散後の71年には、ロック寄りの新バンド:テンペストを結成。かのアラン・ホールズワース(g)やオリー・ハルソール(g)、マーク・クラーク(b)らを輩出したが、長続きせず。その後、ゲイリー・ムーア(g)、ニール・マレイ(b)、ドン・エイリー(kyd)らを発掘し、シンガーを加えた5人組で、コロシアム II としてデビュー。しかし翌76年に1stアルバムを出したところで、マレイとシンガーが脱退。セールスも良くなかったことから移籍を余儀なくされ、後任ベースだけを迎えたプログレッシヴ・ハードなジャズ・ロック・バンドとして、コロシアム IIを再出発させた。そして77年に上掲『ELECTRIC SAVAGE』と『WAR DANCE』を発表。実はカナザワ、この2枚が大好物だった。

ジョン・ハイズマンといえば、世間的にはまず初代コロシアムだけど、カナザワが初めてハイズマンを知ったのがコロシアム II だったので、そのインパクトたるや絶大で。もちろん、ゲイリー・ムーアやドン・エイリーを知ったのもココ。その火を吹くようなインタープレイの応酬は、ある意味、ジェフ・ベック『WIRED』より熱かった。なので、今も時々CDを引っ張り出して聴いていたし、ゲイリー・ムーアもドン・エイリーも、シン・リジィやレインボーよりココなのだ。

15年にはコロシアム再結成があり、ハイズマンも元気だったのに、急な訃報は残念…。
Rest in Peace...