paul_egypt station

10月末〜11月の来日公演とこの5年ぶりのニュー・アルバム発表が重なり、いつになく盛り上がっているポール・マッカートニー周辺。今まで日本公演の度にセッセと足を運んできたが、前回来日あたりからテンションが下がり気味で、行くかどうか悩んだ挙句、公演1週間ぐらい前にチケットを購入して観に行った。今回もまだチケットは手に入れておらず、どうすっかなー、状態。ひとまず新作を聴いて、と思ったが、ライヴでどうこういうタイプの作品でもなく、おそらく2〜3曲がセットに入る程度だろう。もうビートルズ・ナンバーはイイから、“sings WINGS” みたいなツアーやってくれんかな? それだったら絶対観に行くのに…、なんて言ったら、盲目的ポール・ファンに怒られるかしらネ。

メディアの反応を見る限り、どこも諸手を挙げて絶賛。確かにアルバムを通して聴いて、すぐにかなりの力作なのは伝わったし、プロデュースにグレッグ・カースティン(アデル、フー・ファイターズ、ベック、リリー・アレン、ケリー・クラークソン等など)とライアン・テダー(2曲)を起用していることからも、ポールがポップス最前線に踏み止まろうとする意欲に漲っているのが分かった。

でも、何か地味なんだよなー。作品としては直近数作で一番良く、『FLAMING PIE』(97年)以来の傑作という声も。確かにアルバムのしての色合いは『FLAMING PIE』、もっと遡ればウィングス時代の『LONDON TOWN』(78年)にも近いと言えるか。つまり、アコースティック系ナンバーが多めの小品集的趣き。だから “傑作” という言葉は似合わず、せいぜい“佳作” じゃないの?と思う。残念なのは、サウンドメイクが今様なのに、ポイントになるような曲がないこと。先行シングルとして今ガンガンにオンエアされている<Come On To Me>がポップなロック・チューンなので、アルバムにはもっと疾走するトラックがあるのだろうと期待したら、これが一番派手な楽曲だった… かつてのようなハイトーン・ヴォイスが出ないことを自覚し、それを作曲にも反映させてキーを低く設定したことも、少し大人しく聴こえてしまう原因だろう。でもコレは寄る年波で仕方のないこと。キツくなった高音で声を振り絞るように歌うより、この方がずっと聴きやすい。

一方で興味深いのは、随所にビートルズ的アレンジが顔を出すことだ。<Who Cares>のイントロやアウトロ、<Dominoes>のエフェクト、<Do It Now>のコーラスや楽器のチョイス…。特に中期〜後期に当たる『REVOLVER』以降の音楽的トライアルを持ち出した節があるのだ。どちらもポールが作っているのだから当たり前、じゃない。<Caesar Rock>のインド風エッセンスのように、本来はジョージやジョンの持ち味でしょ!というアイディアを、ポールが率先してハメ込んでいる。そういえばドラムも<Free As A Bird>のリンゴみたいな曲があって、「アレ、ゲストにいたっけ?」とクレジットを確認したり。ジョージが亡くなった頃からのライヴでお分かりのように、ポールはビートルズの生き残りである自分を強く意識しているが、このアルバムはまさにそれをスタジオで体現した。<Despite Repeated Warnings>や<Hunt You Down / Naked / C-Link>の大味なテンコ盛り感も、ポールならでは。もっと絞り込むと名曲にも成り得たと思うが、詰めの甘さも彼の味だし、楽曲の立ち位置は『SGT. PEPPERS』の<A Day In The Life>や『 ABBEY ROAD』のメドレーを髣髴させる。

そういえばメドレーのラストに出てくる泣きのギターは、<No More Lonely Nights>に参加したデイヴ・ギルモアみたい。アチコチに湧き立つのは、ビートルズ・テイストだけでない。実はウイングスを始めとするポールのキャリア全体のエッセンスをちりばめつつ、それを現代風にアップデイトしているようだ。“Ichban, Ichban, Ichban, ban, ban” なんて掛け声が入る<Back In Brazil>なんて、発想そのものは謎だけど、音作りはかなり攻めている。

もうひとつ書いておきたいのは、音の良さ。最初はFMで<Come On To Me>や<I Don't Know>を聴き、発売直前にも他に何曲か耳にし、更にストリーミングでフル・アルバムを聴いた。で、“なるほどね〜、最近では一番良さそうだけど、ちょっと物足りないかな〜” という印象を持った。76歳でこの現役感には平伏すしかないが、正直なところ、ポールだったらもっと…、という気持ちが強かった。ところが自室オーディオでCDを対峙するように聴いたところ、イメージが変わってきた。それくらい臨場感がスゴイというか、サウンドが生々しい。ただそれはオーディオ的な音の良さではなく、ビートルズ時代を思わせる楽器のトーンや演奏の質感を蘇らせた点に、思わず耳を奪われてしまうのだ。実際はポール自身の多重録音がベースで、そこにツアー・メンバーたちが必要に応じて音を加えているらしい。楽曲的には小品集的スタンスなのに、出てくる音は結構バンド・サウンドの様相。ベース・ギターなんて、『REVOLVER 』の頃の、一番ブイブイ唸らせていた頃のよう。ヴィヴィドなアコギの響きは『WHITE ALBUM』みたいだ。結果、ジックリ聴くと耳がアチコチに引きずり込まれて、気づくと1曲が終わっている。小振りな作品を大きく見せて、パノラミックに体験させる。PCやヘッドフォン・ステレオで聴くのが当たり前の時代に、フィジカルの奥深さを教えてくれるアルバムでもあるのではないか。

こう書いているうちに、ポール自身が描いたジャケットが8連のアートワークになっている符合に気づいたりして。ほとんどヒラメキで動くポールがそこまで考えていたかは疑問だけど、直感的に連繋させていたとしたら、やはり彼は天才だ。ストリーミングでは聴けないボーナス・トラックの出来もかなり良く、プリンスがグラミー受賞式で言い放った「Album still matter」というコメントを思い出す。そりゃーイイ時期のポールには比べるべくもないけれど、妙に悟ったような若者が多い中、この爺サンの元気やハジケっぷりは大いに見習わんと