kamayatsu_gouloise

いわゆるアシッド・ジャズの Akimbo が大好きだった。ブラン・ニュー・ヘヴィーズ(BNHs)のサイモン・バーソロミュー(g)とジャミロクワイのオリジナル・ドラマー:ニック・ヴァン・ゲルダーが組んでいたバンドで、98年にアルバムを出している。アシッド・ジャズ系には好感を持っていたから、BNHsもインコグニートもジャミロクワイも、それなりに聴いていた。ただ自分には Akimbo は別格だった。前線に立つバンドのメンバーが、表舞台ではできないような音楽をホンネで演っている感じがして、積極的に応援したい気持ちになった。でもその4年近くも前に、日本でこんなスグレモノのアシッド・ジャズ・アルバムが制作されていたことは、ずーっと後まで知らずにいた。ギターはやっぱりサイモン・バーソロミュー。フロントに立っていたのは、ムッシュこと、かまやつひろしである。

自分の世代だと、かまやつとの本格的出会いは、当然<我が良き友よ>になる。75年のオリコンNo.1曲で、かまやつ最大のヒット曲。吉田拓郎が提供した、男臭いバンカラ・フォークだ。当然かまやつのイメージにもそれが定着。スパイダース出身という経歴はともかく、ホントは洒脱な粋人なのだと後で知ってたいそう驚いた。そして、<我が良き友よ>のシングルB面曲<ゴロワーズを吸ったことがあるかい>こそが彼の本筋で、そこではタワー・オブ・パワーと共演していると知り、完全に引っ繰り返った。

98年に作られたこのアルバム『Gauloise(ゴロワーズ)』も、また然り。アシッド・ジャズは聴いていても、ネオ・アコやモッズ系はあらかたスルーしていたカナザワなので、正直渋谷系も当時はピ〜ンと来なかった。オリジナル・ラブのような熱い連中は少数派で、スカスカのシロウト臭い音作りが頼りなく響くばかり…。なのでコーネリアス小山田圭吾がプロデュースしたコレにも無反応…、というより、リアルタイムはまったく視界に入らず、作品の存在さえ知らずにいた。いま考えれば、キー・パーソンは小山田ではなく、むしろコ・プロデューサーであるトシ矢島。それこそ00年代半ばになって、トリオ在籍時の70年代にムッシュがいち早くシティ・ポップ的アプローチに手を染め、山本達彦がいたオレンジを従えてライヴを行なっていた事実を知り、その流れでこのアルバムに行き着いて、「へぇ〜、こんなの出してたんだ」と、またビックリさせられた。

レコーディングが行われたのは、93年末のロンドン、ウェストエンド。参加メンバーは、サイモン・バーソロミューのいるBNHsからヤン・キンケイド(ds)とアンドリュー・レイビー(b)、自身のカルテットを率いるジェームス・テイラー(kyd)、スノーボーイ(perc)にスタイル・カウンシルのD.C.リー(cho /ポール・ウェラーの奥様でも)等など。ガリアーノのラッパー:コンスタンチンもいる。収録曲は1曲を除きムッシュ作で、中にはライヴ定番<のんびりいくさ>のリメイク<Walk On People>や、78年ライヴに入っていた<Music Music>も。それもとにかくカッコ良い曲のオン・パレードで

とりわけタイトル曲<Gauloise>のスゴさは壮絶で、元からイケてるのに、クール&ザ・ギャング<Jungle Boogie>のホーンのフレーズなんか絡めちゃって… 今回の再発では更に、ムッシュとコーネアリアスの共演ライヴでの<Gauloise>が追加収録されているので、もう完璧としか言いようがない

ムッシュが亡くなって、この3月で丸2年。コーネリアスが主宰していたトラットリア・レーベル25周年を記念してのリリースという冠がつくが、折角の名盤復活も「いつの間に復刻したの?」(昨年10月)という感じで、あまり拡散できてない気がする。この音は、今ならブルーノ・マーズやタキシードのファンはもちろん、星野源の支持層にだって届きそう。だったらこの際 渋谷系のイメージを取っ払って別のイメージを打ち出した方が、ムッシュの本質、センスの良さを、より広く伝えられるんじゃないかと思った。