hal blaine

60年代の米ポップス・シーンを支えた名セッション・ドラマーで、レッキング・クルーの中心人物として活躍したハル・ブレイン(本名ハロルド・サイモン・ベルスキー)が、3月11日にカリフォルニア州パーム・デザートの自宅で逝去。特にどこかを病んでいたワケではなく、老衰による自然死、つまり大往生と言える。享年90歳。

フィル・スペクターのフィレス・レーベルでの作品群やビーチ・ボ^イズの初期作品の他、エルヴィス・プレスリーやフランク・シナトラ、バーズ、サイモン&ガーファンクル、カーペンターズらのレコーディングで大活躍。一説では、ハルが参加した楽曲は35,000曲以上、トップ10ヒットだけで350曲を超えるという。ハルの信奉者であるブライアン・ウィルソンは、自身のツイッターで「悲しすぎて言葉にならない」と投稿。「彼からは多くを学んだ。バンドの成功にも大きく貢献してくれた。彼は生涯で最高のドラマーだった」とコメントを残したそうだ。

一方でカナザワ個人としては、あまりハル・ブレインには馴染みが薄い。ビートルズから洋楽に入ったのが73〜74年頃で、そこからそのままハード・ロックからプグレなど、いわゆるロック・クラシックに直行。もちろん時代的にカーペンターズなどは大ヒットしていたが、アウトロー気味のロックに目が向いていた自分には、優等生みたいなカーペンターズは、中流家庭のボンボンと女子供が聴くもの、とキメつけていた(←すごい偏見)。まぁ、<Yesterday Once More>だけは、メチャクチャ大好きだったけど、要は60年代のオールディーズ・ポップスや70年代前半のMORは、リアルタイムではほとんど通っていないのだ。

故にハル・ブレインをシッカリ意識して聴いたのも、高校生になった70年代後半に知った、スティーリー・ダン『KATY LIED』で1曲だけ叩いている<Any World>だったかも。もちろんその時は、彼のドラムの魅力なんてロクに分かるハズもなく、しばらく後になってアチコチで彼にプレイに触れ、その偉大さを感じるようになった。今ではシッカリ、ダンヒル時代のソロ作も手元にあるけど。

それにしても、同じレッキング・クルーのベース:ジョー・オズボーンが昨年12月に膵臓癌で亡くなり(享年81歳)、今度はハル・ブレイン。そういう年回りとはいえ、返す返すも残念である。

Rest in Peace...