level 42 livedave samuels
ufo_lights outplastic penny

世の中は新元号だ超大型連休だ!と浮かれていても、悲しい別れは否応なしにやってくる。今の日本の音楽シーン的には、4月25日に亡くなった元スターリンの遠藤ミチロウなのだろう。でもカナザワは全然通ってない方なので、そこは伏し目がちにスルーさせていただきつつ、それに前後して逝った海外の名バイ・プレイヤーたちを一緒に弔いたい。わざわざココにポストするほどの強い思い入れはないが、訃報を聞いて胸がちょっとキュンとなってしまった、そんな人たちである。

まずこのポストを書くキッカケとなったのが、レヴェル42のオリジナル・ギタリストであるブーンことローランド・グールドの訃報。4月30日に英国ドーセットにある自宅で亡くなっているのを発見された。享年64歳。レヴェル42は、超絶技巧のベーシスト兼シンガーのマーク・キングを中心に、その相方のマイク・リンダップ(kyd)、ブーンと弟フィル・グールド(ds)の4人組としてスタートした。シャカタク同様、80年代初頭のブリット・ファンク人気で日英で注目され、<Something About You>がトップ10ヒットになった86年頃からUSでも人気が出た。カナザワ的に思い入れがあるのは、82年にリリースされたデビュー前の初期楽曲集『THE EARLY TAPES』。国内盤LPが小洒落たジャケになったのは如何にも時代だけれど、初期作ながら一番ワイルドなインストが入っていてカッコ良かった。上掲ライヴの攻撃的インスト曲が好きな方は、是非トライを。ちなみにブーンがメンバーだったのは87年まで。その後セッション・マンのアラン・マーフィー(元ブリス・バンド)が加入するも早世し、その後アラン・ホールズワースや現キング・クリムゾンのジャッコ・ジャクジアクがサポートを務めた時期もあった。

続いてのトリビュートは、グラミーに輝いたこともあるジャズ・ヴィブラフォン奏者デイヴ・サミュエルズ。長く闘病していたらしいが、4月22日に帰らぬ人になった。享年70歳。リーダー作は多く、自ら率いるカリビアン・ジャズ・プロジェクトのアルバムもあるが、ジャズ・フュージョン・ファンの多くは、スパイロ・ジャイラで印象的なヴァイヴやマリンバをプレイした人、としてご記憶だろう。スパイロ・ジャイラといえば、何を差し置いても、まずはリーダー:ジェイ・ベッケンスタインのサックス。とはいえ、デイヴのヴァイブも極めて重要な要素で、初期スパイロの朝のイメージ作りに大貢献していた。

そして最後は、UKハード・ロック・シーンきっての職人バイ・プレイヤー、ポール・レイモンド。直前までUFOのツアーを行なっていたが、4月13日に心臓発作に亡くなった。享年73歳。知名度を上げたのは、マイケル・シェンカー在籍時のUFOに加入した77年作『LIGHTS OUT』で、その後も独立後のマイケル・シェンカー・グループに参加したり、UFOに出戻ったり…。キーボードがメイン楽器ながらギターもイケる貴重な存在だったから、ずいぶん重宝されたに違いない。しかもUFO以前のキャリアも豊富で、67年にデビューしたプラスチック・ペニー出身。このグループは翌68年に<Everything I Am>の全英トップ10ヒットを放っているだけでなく、メンバーにエルトン・ジョン・バンドやAOR方面のソロ作で知られるナイジェル・オルソン(ds)、プロコム・ハルムのメンバーとなるミック・ブラハム、トロッグスに参加するトニー・マレイらがいたことで知られ、後期はポールがリード・シンガーを務めている。解散後、レイモンドはクリスティン・マクヴィーの後任としてチキン・シャックに迎えられ、サヴォイ・ブラウンでも活躍。つまりポールは、フリートウッド・マックに並ぶ三大ブリティッシュ・ブルース・バンドの両方に籍を置いたワケで、もっと幅広く敬意が払われるべきだろう。

3人とも決して目立つ存在ではなかったものの、いずれも主役を引き立てる重要なポジションにいた。判官贔屓かもしれないど、みんなまとめて(失礼) Rest in Peace...