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間もなくリイシューとなる Light Mellow 冠のアヴェレイジ・ホワイト・バンド廉価シリーズ後期6作品。前期7作はお馴染みのアルバムばかりだったので、まとめポストで端折った気がするが、後期は日本初復刻・日本盤初登場といった作品が含まれているので、2回に分けてシッカリご紹介したい。まず最初は、AORファン御用達である『FEEL NO FRET +4』、『SHINE +9』、『CUPID'S IN FASHION +5』の3枚。AWB的には、一度解散する前のオリジナル期(ドラマーは交代を余儀なくされたが)最後の3作、に当たる。

まず最初は79年の『FEEL NO FRET』、ライヴ盤やベン・E.キングとの共演作含めると通算8作目だが、当時の国内盤邦題は何故か『愛の第9章』。1stが英米別個だから、それを2枚と数えたのかしらね? でも重要なのは、彼らを育てたアトランティックの重鎮アリフ・マーディンの手から離れ、初めてセルフ・プロデュースに踏み切ったこと。バンド主導のレコーディングに戻りたくて、レーベル・スタッフの目が届きにくいバハマのコンパス・ポイント・スタジオでレコーディングしたのだ。実際そのサウンドは、従来のAWBスタイルを踏襲するも、イメージ的にはかなりリラックスした仕上がり。ファンキーだけれどカラリと明るく軽やかなのは、彼の地の開放感がもたらしたモノだろう。人気曲は、バート・バカラックとハル・デヴィッドの名曲で、ディオンヌ・ワーウィックで有名な<Walk On By>のカヴァー(全英46位・全米92位)。この曲はAWB結成前からヘイミッシュ・スチュアートが得意としたレパートリーだった。ランディ&マイケル・ブレッカーらのホーン・セクション、ルーサー・ヴァンドロス他のコーラスは、ニューヨークでのダビング。マーディンもストリングス・アレンジで手を貸している。しかし結果的には、米での売り上げが低迷。北米エリア以外は既にRCAへ移籍していたAWBが、これを最後にアトランティックから完全離脱することになった。ボーナス曲入り(ヴァージョン違いなど)の復刻は今回が初めてになる。

デヴィッド・フォスター制作の人気盤で、米アリスタへの移籍第1作(北米以外は引き続きRCA)となったのが80年作『SHINE』。フォスターはちょうど盟友ジェイ・グレイドンとエアプレイのアルバムを作っていた頃で、ある意味、最初のクリエイティヴ・ピークにいた。そしてAWBのセッションにもレニー・カストロにポウリーニョ・ダ・コスタ、シーウインド・ホーンズ、ブレンダ・ラッセル、作曲陣にビル・チャンプリンらを呼び、自らも鍵盤を弾いた。しかしバンド側では、それをオーヴァー・プロデュースと受け止める向きも。双頭であるヘイミッシュとアラン・ゴーリーのスタンスにも行き違いが生じ始めている。その辺りは是非 拙ライナーで。今リイシューのトピックとしては、アトランティックへの置き土産としたフォスター制作の新曲4曲(当時はベスト+新曲の編集盤『VOLUME VIII』に収録)と、当時は未発表だった<Miss Sun>(フォスター制作/ボズ・スキャッグスでお馴染み)が、すべて一緒に収められたこと。つまり、AWBに於けるフォスター・ワークスが
初めて『SHINE +9』に集約されたのだ。もちろん US / UK盤でテイクが異なる<Into The Sun>も入っている。いわば『SHINE』の決定版が今回の復刻盤と言えるのだ。

82年に発表された『CUPID'S IN FASHION』は、前述通り、オリジナルAWBとして最後のアルバム。前回はUK RCA盤のマネキン・ジャケが1面だったが、今回はUSアリスタの白装束メンバーが表紙を飾っている(ブックレットはリバーシブル仕様)。プロデュースはエドガー・ウインター・グループで活躍し、ソロ・ヒットも飛ばしていたダン・ハートマン。ネッド・ドヒニーも<Isn't It Strange>と<Love's A Heartache>の2曲を提供している。カナザワがカシーフという新しいR&Bクリエイターを意識するようになった作品でもあったが、それはアリスタ総帥クライヴ・デイヴィスの仕込みだったらしく、要はカシーフ・デビューへの前哨戦だった。デビュー前のホイットニー・ヒューストンがジャーメイン・ジャクソンやテディ・ペンダーグラスのアルバムにゲスト参加していた、それと同じ手法である。アランも「グッドなポップ・ソングだけど、彼が自分で歌えばもっと良くなった」と評している。有名なR&Bカヴァーも取り上げているが、コレは明らかに失敗。好曲が多い一方で、クライヴのゴリ押しが裏目に出た曲もあるという、凸凹が大きいアルバムになってしまった。結局シングル不発がたたってアルバム・チャートのリアクションが振るわず、ここ2作が好調だったUKでも不振。そのままバンドは活動を停止してしまうことになった。それでもアランは「頑張って作った甲斐のあるアルバム」を前向きで、ココで知り合った優秀なシンセサイザー・プログラマー:ジェフ・ボヴァ(チェンジ)に手伝ってもらって、初のソロ制作へと駒を進めることになる。ボーナス曲はシングル・ヴァージョンやデモ・トラックなどで、いずれもアルバムには初収録。