213

これは個人的に大事件のリリース。あの幻の音源が、遂に陽の目に晒された。現時点ではSpotifyやApple Musicなどのストリーミングや配信で聴けるのみで、フィジカル・リリースはないが、コレはいち早くAORファンに届けるべきだろうと。バンド名は『213』。L.A.に実在するエリア・コードからの命名で、かつてメンバー全員がこの地区の住人だった。レコーディングは81年。残された音源は9曲のみ、らしい。さて、そのラインアップは…?

中心になっているのは、ジノ・ヴァネリやアース・ウインド&ファイアーのブレーンで、当時はボズ・スキャッグスのツアー・バンドにも籍を置いたことのあるビル・メイヤーズ(kyd)と、ニューヨークからやって来たシンガー・ソングライター/ギタリストのガイ・トーマス。ガイはソロ契約も持っていたそうだが、当時はまだリリース作はなく、後にカーリー・サイモンやケニー・ロジャース、スモーキー・ロビンソン、ケニー・ロギンス、マイケル・マクドナルド、エイミー・グラント、マイケル・ボルトンらと共演して名を上げている。個人的に記憶に残っているのは、ジャクソン・ブラウンのバンド・ギタリストとして。更にニール・ステューベンハウス(b)、カルロス・リオス(g)、ヴィニー・カリウタ(ds)が正式メンバーとして参加していた。つまりガイ以外は、みんなジノ・ヴァネリの新旧関係者である。

ところがレコーディングを始める頃になると、ヴィニーがフランク・ザッパに請われて忙しくなり、何とジェフ・ポーカロが助っ人参加。この顔ぶれで<Three Little Words>や<Woman>など4曲を録り、それをワーナー・ブラザーズへ持ち込んでいる。そして追加レコーディングの資金を調達すると、そこから後はヴィニーが戻って5曲を録り、計9曲のプロダクツが完成した。この後半のレコーディングには、ビルと親しかったデヴィッド・フォスターもコ・プロデューサーとして関わっていたらしい。

ところがレーベル側は、「シングル・ヒットを狙える曲がない」とリリースに難色を示した。そこで彼らは改めて曲作りにトライ。だがそうこうするうちガイが再びソロ・キャリアを積むことになって、バンドは活動停止を余儀なくされてしまった。かくしてそのテープは30余年、お蔵入りのまま眠り続けた。

カナザワがある筋からこの音源を耳にする機会を得たところ、その内容に驚愕。日本リリースを目指し、あるレーベルを立てて、窓口のビルと交渉に臨んだのが2015年末〜16年にかけて、である。ただし当時は、5曲分の音源しか見つかっていなかった。そこでビルは「当時のメンバーを集めて新たにスタジオ入りし、アルバム・サイズの曲数にするから…」とかなり高額のアドヴァンスを要求。まだCDが売れている時代だったものの、その額は通常ライセンス契約の2〜3倍に匹敵し、それこそ万単位の枚数を売り上げないとリクープしないレヴェルだった。コチラも「5曲のまま、ミニ・アルバムとして出すから」と喰い下がったが、話は平行線のまま、二進も三進も行かなくなった。今回のデジタル・リリースにあたり、ビルは自身のSNSに「2018年に日本のディストリビューターがリリースしたいと言ってきたが、オファーがあまりに低過ぎた」と書いている。でもそれは違う(もしくは意図的?)。いくら敏腕セッション・ミュージシャン集団の貴重音源、ジェフ・ポーカロも参加していると言っても、バンド自体はまったく無名だ。だからAORファンにはウケても、そのマーケットの大きさなんてタカが知れている。その後も欧再発レーベルがビルと交渉したと聞いたが、結局今の今まで何処もリリースに至らなかった。それがココへ来て突然 だからビックリしたのである。しかもその時点から新たに4曲が発掘されたらしく、全9曲になっていた。果たして、どれくらいのマネーが動いたのか!? もっともデジタル・リリースだけじゃ、3年前の提示額の足元にも及ばないと思うのだが…?

さて、肝心のその音は? 一番近いのは、ペイジスやマクサス、ニールセン=ピアソンあたり。少々ヒネリを効かせた、クロスオーヴァー/フュージョン・テイストのAORと言える。楽曲によっては、モロに80年代のケニー・ロギンズっぽかったりして、ズバリ、カッコイイでないの〜 でもその一方で、そのままでの発売を拒んだレーベルの言い分も間違っておらず、チャートを狙えそうなキラー・チューンは収録されていない。それでも、80年代初頭に残されたAOR秘宝としての価値は充分に高く、ココ2〜3年に世に出た未発表アルバムの中でもトップ・クラスの完成度を誇っている。

こちとらジノ・ヴァネリを筆頭に、結構知名度のあるアーティストの日本リリースを手掛けてきたが、それを遥かに上回るビルの法外な要求に、当時はかなり憤慨した。でもそれがこうして陽の目を見たのだから、今はそれを素直に喜びたい。あとは黙ってフィジカルのリリースを待つだけである。