rocketman

台風15号が関東地方を直撃。被害に遭われた皆様がた、心よりお見舞い申し上げます。幸い、さいたま市の我が家は何の被害もなく、たまたま有休を取っていた相方とエルトン・ジョン『ROCKETMAN』を観に行くことに。タイトル曲は、レイ・ブラッドベリの短編集『刺青の男』(51年)に収録された短編「The Rocket Man」に影響を受けて書かれたと言われるが(72年作『HONKY CHATEAU』に収録)、エルトンが立ち上げたレーベルの名前も “ロケット” だし、「火星に向けて一人旅立った宇宙飛行士の孤独」というコンセプトが、よほどお気に入りなのだろう。もっともロケット・レーベルの作品群は、エルトン自身のモノを除いて、全然CD化が進んでいないのだけれど…
(以下ネタバレあり)

映画は、エルトンの初期キャリアや大ブレイク期を描いたミュージカル仕立ての自伝的内容。監督はクイーン『ボヘミアン・ラプソディ』の最終監督デクスター・フレッチャー、エルトン役にはタロン・エガートン。このエガートンは歌がかなり上手くて、そのソックリぶりに驚くが、サスガに当時のエルトンより髪はある。ま、そんなコトはどうでも良いけど…

ただし、『ボヘミアン・ラプソディ』が基本的にフレディ・マーキュリーのキャリアを追いながら、所々で都合よく時系列をネジ曲げていたのに対し、こちらは最初から時制無視。ストーリー自体は彼の個人的史実を追っているものの、ミュージカル形式なので、そのストーリーと歌われるヒット曲の発表時期はリンクせず、その時点でのエルトンの心情にマッチした歌詞の曲が選ばれている。

物語は、大成功を掌中に収めながらもクスリと酒に溺れ、ゲイゆえに孤独に苛まれるエルトンが、グループ・セラピーの場で悲しい幼少期から現在までを語っていく回想としてで進んでいく。キー・パーソンは、変わり者の父親、長くコンビを組む親友で作詞家のバーニー・トーピン、そして彼のゲイ心に火を付けた敏腕マネージャー:ジョン・リード。しかもリードはエルトンと別れた後もビジネス面を取り仕切り、その剛腕でエルトンを精神的に蝕んでいった。天才的シンガー・ソングライターとして成功のキッカケを掴んだ彼が、やがてスタジアムを超満員にするほどの大物になったのはリードの手腕あってこそと言えるが、エルトンがド派手な衣装とトンボ眼鏡でエンターテイナーを演じる姿は痛々しく、完全に常軌を逸している。それを見るに耐えなかったトーピンがエルトンとの決別を決意し、田舎へ戻っていくことを伝えたのが、<Good-Bye Yellow Brick Road>であり、2人の関係を自伝的に綴ったコンセプト・アルバムが『CAPTAIN FANTASTIC AND THE BROWN DIRT COWBOY』(75年) であった。

出世したヒーローが思い上がって堕ちていく様は、フレディもエルトンも似たようなもの。しかし運悪くエイズを発症して世を去ったフレディは、真のカリスマになった。対してエルトンは<I'm Still Standing>でシーンに返り咲き、本来のあるべきマイペースを取り戻した。…となると、どうしても『ボヘミア・ラプソディ』と『ロケットマン』を比べたくなる。けれど逝った者に勝てないのは自明の理でもあるな。

カナザワがエルトンを意識するようになったのは、まさに<Good-Bye Yellow Brick Road>の大ヒットが最初。この曲や<Your Song>のような美しい曲を書くのに、ライヴでの笑いを誘うマンガチックなキャラクター作りには大いに戸惑った。ビートルズからロック寄りに進んだ自分の音楽嗜好には、当時のエルトンはあまりに滑稽でエンターテイメントに過ぎたのだ。なかなか複雑な幼少期だったのは知識として知っていたが、そこに降って湧いたような突然の成功と酒、ドラッグ、同性愛が複雑に絡んで、あのような突拍子もないスター像を作り上げたのである。キンキラ衣装とトンボ眼鏡は、まさに生身のエルトンを守る鎧だった。

そしてそれを近くで見守っていたのが、作曲パートナーのトーピン。内省的な76年の2枚組『BLUE MOVES(青い肖像)』を最後にコンビを解消し、文字通り『A SINGLE MAN』(78年)となったエルトンは、この頃フィラデルフィアで未完のアルバムを制作したり、悪評高きディスコ・アルバムを作るなど、一人で試行錯誤を繰り返した。泥沼にハマるエルトンに手を差し伸べたのも、やっぱりトーピン。80年代に入って再び共作を始めた彼らが完全復活を遂げたのは、83年作『TOO LOW FOR ZERO』、そこからのヒットが<I'm Still Standing>だった。

そう考えると、名曲揃いながらも単なるポップ・ソングだと思っていたエルトンの楽曲たちが、実は彼の生き様や心情を投影させたモノだったと分かる。つまりこの映画は、これまであまり見えてこなかったエルトンのスターとしての虚飾の裏側を吐露した、発見の多い映像作品でもある。彼自身がプロデューサーを務めていることから、ある意味『ボヘミアン・ラプソディ』なくしては生まれ得なかった映画だと思うが、ミュージカル映像としての完成度云々ではなく、エルトンというアーティストの真実を知るには格好の作品だった。

ちなみに、一時はエルトンの恋人で、ビジネス・パートナーでもあったジョン・リード。彼は上昇気流に乗り始めたクイーンのマネージメントも手掛けていて、『ボヘミアン・ラプソディ』にも登場したが、それは確かエルトンの紹介という触れ込みではなかったか? またトーピンがAOR勢と作った80年作『HE WHO RIDES THE TIGER』はCD化済みだけれど、実は87年の『TRIBE』も好曲を含むので再発を願いたい。