miles davis_rubberband

故マイルス・デイヴィスが85〜86年に録音していた秘蔵アルバム『RUBBERBAND』が、ようやく陽の目を見た。昨年春のレコード・ストア・デイで発表された4曲入りの12インチ盤『RUBBERBAND EP』を序章として、この9月頭に世界同発。音専誌などでは早速特集などが組まれているが、「その割に盛り上がってないなぁ…」と感じてしまうのは、さすがのマイルスも没後28年が経過して神通力が弱まったからか。それとも、それだけシーンの変貌が著しいのか。ま、そのどちらもハズレではないと思うけど。

数年のブランクを挟んだ復活の81年作『THE MAN WITH THE HORN』から、マイルスをオン・タイムで聴くようになった自分。さすがに最初は何が良いのかサッパリ分からなかったが、俗に言うエレクトリック・マイルス作品群を聴き、続編的なライヴ盤『 WE WANT MILES』を聴いて腑に落ちた。それからのマイルスはどんどんポップな方向へ降りてきて。石頭のジャズ・ファンからの罵声など何処吹く風、平たく言えば時代性を取り込んだアーバン・ジャズ/R&B路線を歩み始めたワケだが、ヒップホップもあれば先祖返り的なブルーズもありと、積極的にノン・ジャンル、ボーダーレスな指向性を強めた。結果的にコロムビア最終作となった『YOU'RE UNDER ARREST』(85年)では、<Human Nature>や<Time After Time >のカヴァーまで演っていて、「えっ、ココまで」と驚いたもの。でもそれこそがマイルスの狙いだったのだろう。

「偏見のない心を持つこと。マイルスはあらゆる壁を取り除こうとした。彼の音楽にジャンルは存在しなかった。自分の心のままに表現することを恐れないことが大事だ。進化こそが鍵であり、後ろを振り返るのではなく、常に前を見ることが重要なんだ。我々は未来に向かっているのだから」
(ヴィンス・ウィルバーンJr.=マイルスの甥でマイルス・バンドのドラマー兼本作プロデューサー/ミュージックマガジン9月号のインタビューより)

元々この『RUBBERBAND』は、『YOU'RE UNDER ARREST』に続くアルバム、つまりワーナー・ブラザーズ移籍第1弾としてリリースされるべく、レコーディングが進められていた。中心になったのはヴィンスと、ヴィンスの幼馴染みで『THE MAN WITH THE HORN』にも参加したシンガー/ギタリストのランディ・ホール、その頃ホールと一緒に仕事をしていたアタラ・ゼイン・ジャイルス(kyd, b, program)の3人。そしてそこに加わったのが、マイク・スターン/アダム・ホルツマン(g)、ニール・ラーセン/ウェイン・リンゼイ(kyd, program)、ロバート・アーヴィングIII(kyd)、ボブ・バーグ/マイケル・パウロ(sax)、スティーヴ・ソーントン(perc)ら、復活以降の新旧マイルス・バンドのメンバーを中心とした面々たちだった。マイルスは復帰後の流れから、移籍後の初アルバムもバンド・サウンドでいく腹づもりだった。そしてプリンスとセッションしたほか、ビル・ラズウェルやジョージ・デューク、スティーヴ・ポーカロ(TOTO/Human Nature作曲者)とのコラボレイトを模索。初めてこの『RUBBERBAND』を聴いて、ニール・ラーセン<Carnaval Time>(87年作『THROUGH ANY WINDOW』に<Carnaval>として収録)を演っていたのに驚いたが、元々はマイルスに書いた曲だったワケだ。またスムーズ・ジャズのトランペット奏者リック・ブラウンも、セクション・メンバーに呼ばれていて、思わずニッコリ。更にシンガーとの共演にも前向きに取り組み、アル・ジャロウやチャカ・カーンにコンタクトを取っていたらしい。

ところが、ワーナーのジャズ部門を仕切っていたトミー・リピューマがOKを出さなかった。理由は「荒削りで過激」。かくしてこの録音はお蔵入りし、リピューマとマーカス・ミラーの主導で打ち込み中心の『TUTU』が新たに作られた。案の定、リピューマ好みの高完成度のアルバムになり、各方面から絶賛を浴びたが、マイルスの中には不満が残っていた。
「バンドのレコーディングでは、メンバー個々のプレイに納得できないところがある。それを解決したのがマーカスとのセッションだ。しかしエネルギーの点では物足りない」
アチラを立てればコチラが立たず。その結果が遺作『DOO-BOP』になったのは疑いないところだ。

そうして考えれば、この『RUBBERBAND 』が『YOU'RE UNDER ARREST』 と『DOO-BOP』のミッシング・リンクだったことが明らかに。言ってしまえば、『TUTU』の方が既定路線を逸脱していたことになる。それでもジョージ・デューク制作曲があったり、スクリッティ・ポリッティのカヴァーがあったりするから、『RUBBERBAND 』の名残りはシッカリと感じられるワケだ。

『RUBBERBAND 』をリリースにあたり、ライノとマイルスの息子から話を持ち掛けられたヴィンスは、ランディ・ホールやアタラ・ゼイン・ジャイルズと相談し、当時のサウンドを生かしながら現代風にブラッシュアップすることを提案。マイルスの遺志を継いで、レイラ・ハサウェイやレディシ、新人のメディナ・ジョンソンといったヴォーカリストを参加させ、ギターやパーカッションを追加したり、ドラムを録り直した。ランディ・ホールが歌う<I Love What We Make Together>は、アル・ジャロウ用に書いていたもの。彼が死んでしまったために、グレゴリー・ポーターやKEMに声を掛けたが、紆余曲折あってランディが自分で歌うことになった。ランディというと、カナザワ的には マイルスよりレイ・パーカーJr.やプレジャーと一緒に演ってたイメージが強いけれど、このアルバムのオリジナル・セッションが録られたのも、実はレイ所有のアメレイカン・スタジオだったりする。

全体を俯瞰すれば、アルバムの頭の方は現代にも通用する今様のコンテンポラリー・チューンが並んでいて、マイルスらしいアグレッシヴなスタンスが垣間見られる。ロバート・グラスパー以降のフィーチャー・ジャズに繋がる音使いもあって、現行作品としても違和感はない。多少アップデイトされているとはいえ、これが35年前のサウンドとは信じ難いほどだ。が、終盤は80'sっぽいシンセやクリック音がある程度残され、若干の時代感、野暮ったさを禁じ得ない。もっとも今の若いリスナーがどう感じるかは分からないが…。その端境の5〜6曲目に置かれた<Give It Up>と、『TUTU』拡大盤にボーナス収録されていた<Maze>(ヴァージョン違い)は、どちらもプリンスとの邂逅を想起させるもので、マイルスのプレイもハツラツとしている。

ヴィンスのインタビューによれば、『RUBBERBAND Vol.2』もありそうだし、プリンスの遺産管理団体と連絡を取り合っての音源発掘にも可能性が。やっぱりマイルス、死んでもスゴイ