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ザ・カーズのフロントマン、リック・オケイセックが、9月15日にニューヨークのマンハッタンにある自宅アパートで急死した。発見したのは、妻で女優のポーリーナ・ポリツィコヴァ(カーズのヒット曲<Drive>のヴィデオで共演したのが縁で結婚)。リックは以前から肺気腫のほか、高血圧や動脈硬化症などを患っており、少し前に手術を受けて回復過程にあったが、寝ている間に病状が急変したらしく心臓発作を起こしたようだ。朝、ポーリーナがリックを起こしに行って、寝たまま息を引き取っているリックを発見したという。享年75歳。

カーズは78年デビューなので、カナザワは1st アルバムの時からオンタイムで聴いている。ただその奇抜なニュー・ウェイヴ・サウンドはあまり自分の好みではなく、ヒット曲中心に聴く楽しみ方がせいぜい。でも81年の4作目『SHAKE IT UP』あたりからフィットしてきて、<Drive>所収の84年作『HEARTBEAT CITY』は結構聴き込んだ。リックとベンジャミン・オーが、カーズの前にミルクウッドというフォーキーなグループを組んでアルバムを出していたのを知った時は、その豹変ぶりに驚いたけれど…(Milkwoodのご紹介ポスト)

一方でリックは82年から、カーズと並行してソロ活動を開始。86年の『THIS SIDE OF PARADISE』は2枚目のソロ作で、ソロでの最大のヒット曲<Emotion In Motion>(全米15位)が生まれている。<Drive>はベンのヴォーカルで成功したけど、曲を書いているのはリック。この曲はそれを自分のソロで演った印象で、「アレはオレの曲なんだよ」というアピールがあったのか? かくいう自分も、実はアンドロイドみたいなリックの歌より、ベンのヴォーカルに愛着を持っていたのだけれど。

それでも06年にトッド・ラングレンが中心になり、カーズとユートピア各2人づつの計5人で、ザ・ニュー・カーズを立ち上がった時は驚いた。何度再結成の話が出ても、一向に動こうとしないリックに業を煮やしての再スタートだったが、作品の善し悪しとは別に、バンドにもトッドに対しても、とても残念な気持ちがあった。ロック自身が容認したと言っても、ほとんどの曲を書いていた本人を差し置いて、それはないだろうと…。でも結局ニュー・カーズは、アルバム1枚で消滅。その5年後にようやくリックが意を決し、既に亡くなっていたベン以外の4人で、23年ぶりにカーズを再スタートさせている。でもこれは話題にはなったが、ヒットには結びつかず、そのまま沈黙状態に陥っていた。昨年4月のロックの殿堂入りセレモニーで久々にカーズとしてプレイした時、リックは「今回のリハーサルを始めてから、多分、もっと曲を作るべきだと思った」と語ったというが、それももう露と消えてしまったのである。

プロデューサーとしても、ウィーザーやバッド・ブレインズ、スーサイド、ロメオ・ヴォイらを手掛けたリック。その死に際しては、ウィーザー、コートニー・ラヴ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズらが追悼の声を寄せているそうだ。

Rest In Peace...