kadomatsu_earplay

4月22日にリリースされる角松敏生の『EARPLAY 〜 REBIRTH 2〜』を、ひと足お先に聴かせてもらった。12年のリメイク・ベスト『REBIRTH 1』から8年ぶりの続編で、既定路線と言えば確かにその通りだが、先月23日のジャケット公開にまず どっひゃ〜ん 速攻で facebook に書き込みしてしまった。もちろんファンの間でも話題騒然。『EARPLAY』って、何か含みがありそうなタイトルだとは思っていたが、そういうパロディあってのコトだったのかと。そして中身もただの続編的セルフ・リメイク集に非ず、2曲の洋楽カヴァーが入っていた。(以下メチャ長文…

<収録曲>
01. I CAN GIVE YOU MY LOVE
02. Cryin' All Night
03. DISTANCE
04. Take It Away
05. Can't Hide Love
06. CRESCENT AVENTURE
07. Lost My Heart In The Dark
08. I Can’t Stop The Night
09. End of The Night
10. ALL IS VANITY

DISC 2(初回限定盤のみ)
MUSICAL『東京少年少女』劇場版
01. まだ遅くないよね
02. 大人の定義
03. 恋ワズライ
04. 東京少年少女

賢明な角松ファン、そして邦楽・洋楽を分け隔てなく聴いている方ならお分かりのように、アートワークはエアプレイ(AIRPLAY)が80年に出したワン&オンリーのアルバム『AIRPLAY(邦題ロマンティック)』のオマージュだ。そして収録曲にある洋楽カヴァーは、そのエアプレイの最初のシングル曲<Cryin' All Night>と、アース・ウインド&ファイアーで有名な<Can't Hide Love>。ただしコチラの大元は、やはりエアプレイのメンバー2人がプロデュース、アレンジ、演奏などで深く関わっていたディオンヌ・ワーウィック『FRIENDS IN LOVE』のヴァージョンが下敷きだ。もちろん角松はアース・ヴァージョンにも親しんでいるけど、今回のアレンジの元ネタは完全にディオンヌ版、と言っていい。

で、そのエアプレイ。グラミー賞を16回も受賞している大物プロデューサーのデヴィッド・フォスターと、その相方でやはりアル・ジャロウやマンハッタン・トランスファーなどを手掛けた職人プロデューサー:ジェイ・グレイドンのユニットのこと。80年当時の彼らはまだプロデューサーとしては駆け出しで、むしろフォスターはアレンジ/キーボード奏者として、グレイドンはスティーリー・ダンの<Peg>の伝説的ソロを弾いたギタリストとして知られていた。その2人が「究極のポップ・アルバムを作る」べく挑んだのが、このエアプレイだった。

でもこのエアプレイを “AORの金字塔” と高く評価したのは、実は日本だけである。それもヒット曲が出たワケではなく、ミュージシャンや音楽業界人、耳が肥えたマニアックな音楽ファンなど、いわゆる玄人筋にウケただけだ。しかし彼らの緻密に構築された斬新なサウンドは、殊のほか、日本人の感性にマッチしたようで、当時の日本のポップス界にはエアプレイ・サウンドが蔓延することになった。

それを目の当たりにしたのが、角松や2歳年上の小林信吾(今回はデヴィッド・フォスター役で)。当時の信吾さんは、尾崎亜美のバンドに入ってプロになったばかりの頃か? 亜美さんはデヴィッド・フォスターのサウンド・プロデュースで『HOT BABY』をL.A.録音しているけれど、「信吾ちゃんも一緒に来て見学してった」と当の亜美さんに聞いたことがある。そして角松はまだデビュー前の大学2年生。カナザワはその角松から、直にエアプレイを仕込まれた。どういう経緯かはスッカリ忘れてしまったが、バンド・メンバーと一緒に角松邸に遊びに行き、そこでエアプレイのレコードを聴かされたのだ。
「コレ、スゴイんだぜ。TOTOの先輩みたいなユニット」
「デヴィッド・フォスターって、ホール&オーツとやってる人?」
「ジェイ・グレイドンは知らないや」
「スティーリー・ダンの<Peg>のソロ弾いた人だよ」
「あぁ、あの妙なヤツね」みたいな。
その時は、「ヘェ〜、なかなかイイねぇ」なんて冷静に聴いていたが、2〜3日経ってもその音が頭から離れない。それでもう一度チャンと聴きたくて、輸入盤を買いに行った。日本盤はまだ出ていなかった。家へ帰って聴き直し、そのままドップリ底なし沼へ。それこそ朝起きては聴き、帰ってきては聴き、寝る前にも聴き、みたいな… アレほど聴き込んだアルバムは、カナザワの音楽人生で 後にも先にもエアプレイしかない。今にしてみれば、現在のカナザワがあるのは、あの時のエアプレイがあったから。つまり角松に人生を変えられたのだ。それを言うと、彼は「オレはお前にルーサー・ヴァンドロスを教えられた」と言われるけど。

それを今になってオマージュするのは、曰く、アラ還世代のミュージシャンが「次世代に何を遺すか」をテーマに今一度自分たちの歩みを検証し、そこに少しだけ、時代や自分たちへの主張や風刺を込めたかったからだ、と言う。自分も今、自分がプロの物書きになるキッカケとなったディスク・ガイド『AOR Light Mellow』の20周年版を若手と一緒に書いているけど、やはりアラ還になると、同じようなコトを考えるんだな。…ってか、この歳で同世代向けにしか発信しない人って、逆に「ナニ考えてるの?」と思ってしまうな。

先に公開されたジャケットを見たファンが、プロペラ機じゃないとか、角松の手の位置が違うとか、いろいろアラ探しをして、愛がない、リスペクト精神が足りない!みたいに愚痴っていたようだが、イヤイヤ、そーいうコトじゃないの。彼らは最初からパロディとしてネタにしてるワケで、完全コピーを目指しているんじゃない。信吾さんの袖のたくし上げ方とか、そこまでこだわっているクセに背景がジェット機なのだから、敬意や愛を込めつつも、むしろ意識的に違いを盛り込んでいるのだ。

それは <Cryin' All Night>を聴けば、すぐ分かる。演奏やアレンジ自体は、ほぼほぼ完全コピー。でも敢えて100%じゃなく、仕上げに自分たちの解釈を差し込んでいる。そもそもこの曲のオケは、鈴木英俊のギターを除いて、すべて信吾さん+森俊之。角松は歌っているだけで、ドラムやベースは信吾さんの打ち込みだ。でもドラムはオカズまで本物ソックリで、鍵盤パートや滝のようなシンセ群、そしてギター・パートまで、ほぼそのまま。それなのに実はプログラムで、音の感触は全体にリバーブ深め。当時のようなキラキラした尖った音にはしていない。もっと近づけることは可能だろうに、敢えて瓜二つにはせず、一歩手前で今の音に仕上げている。コピーとオマージュは違うのだ。しかも角松は、半ば突き放したように、自ら「パロディ」と呼んでいる。

<Can't Hide Love>も、やはりリズムは信吾さん。ドラムはスティーヴ・ガッドのサンプルを使って、まさにガッドがナマで叩いている体(テイ)でプログラムしている。ただしこちらもローズは森さんで、アコピが信吾さん。もしかしたら森さんは、ディオンヌ・ヴァージョンのデヴィッド・フォスターを素にしながら、ちょっぴりジェイ・P・モーガンの時のフォスターのエッセンスをまぶしているかも。そこへ本田雅人率いるホーン・セクションがダイナミックに被ってくる。ホーンとシンセの重ね方、ユニゾンのところとズレるところのハメ方など、まさにディオンヌ版まんまのゴージャスさ。パパゴン鈴木氏のギターのトリッキーなオブリも然りで。全体的にアースからの直接的インフルエンスは、ほとんど入っていないようだ。でもそうだよな。みんなアースでこの曲を知ったはずだけれど(ホントのオリジナルは73年のクリエイティヴ・ソース)、バックのサウンドに興味がある人は、ディオンヌ版が出てみんな腰を抜かし、あっさりそちらの虜になった。そのプロデューサーもまたジェイ・グレイドン。フォスターはアレンジやキーボードで貢献していた。ミーハー角松ファンの多くはエアプレイばかりに反応しているけど、実は<Can't Hide Love>もマニアックなエアプレイ・ネタなのだ。そうしたエアプレイの影響力は、角松の初期作品だけでなく、杏里などの関連アルバムにも顕著。そしてエアプレイの関連アルバムにも、広く角松の元ネタは散らばっている。あの頃は音楽マニアは、そうしてミュージシャンやプロデューサー、アレンジャーを追っかけ、クレジット買い(参加メンバーで購入を決めること)をしたものなのヨ。

この2曲以外は、角松カタログ曲のセルフ・カヴァー。だけれどこちらは、自身が説明しているように「ライヴ・リメイク・ヴァージョンのスタジオ録音版」である。早い話、最近のツアーに掛けていたヴァージョンをそのままスタジオで再現したモノで、最近のライヴを観たなら、そう驚くような新たな発見はなかった。それでも改めて音源として耳を傾けると、なるほど!と思うことしきり。アンジェラ・ボフィル楽曲のザ・システムをもろパクっていた<I Can't Stop The Night>をバンド・サウンドに置換したのはスリリングだし、<All Is Vanity>では現角松バンドのアンサンブルの鉄壁さを表現。山本真央樹クンは、オリジナルをヴィニー・カリウタが叩いていたら…、という妄想を抱かせてくれる。<Distance>のギター・ソロは、おそらくオリジナル同様に角松だと思われるが、そのソロも露骨にグレイドン仕様。確か『ALL IS VANITY』でもグレイドンに頼みたかったが、既に予算を使い果たして呼ぶことができなかったので、自分でグレイドンっぽく弾いたんだ、と聞かされた。これもドラムは真央樹クンだけど、彼のプレイには原曲のポンタさんへのリスペクトが感じられるな。<Crescent Avanture>のメロディアスなベースは、真央樹クンとDEZOLVEを組む小栢伸五。中川英二郎のトロンボーン・ソロもイイ感じだ。ワタシゃボントロの柔らかな音色に弱いのヨ… ちなみのこの曲が、山下達郎氏の某曲と同じ元ネタというのは、どれくらいの人が知っているのかな? もちろんオールド・ファンには周知の事実だけど。

角松本人がSNSへ書いたように、バック・トラックに関しては本人がやり直す必要を感じておらず、録り直したいのは「歌」だけ。それが『REBIRTH』シリーズの根底にある。アマチュア時代の彼を知ってる者からすれば、当時の角松=ギタリスト。少しは歌っていたものの、デビューが決まった時は、「エッ、お前、歌えるの?」と茶化したものだ。だから彼が若い頃の曲を歌い直したい気持ちは、よ〜く分かる。「今のオレを聴け」と言うのも、よ〜〜く分かる。でもそれをやっちゃったら、初期からのファンは「別モノ」と感じてしまうのよ。角松の気持ちは理性で理解していても、座りが悪いと言うか、聴き心地がよくないと言うか。やはり昔のママを、より良い音質で聴きたいのだ。これはもう理屈じゃない。リマスタリングの先で許されるのは、バランス修正程度のリミックスまで。抜き差し・リレコ・リテイクはNG。それがファン心理だろう。角松だっていい加減ストリーミングは無視できなくなっているだろうから、全作リマスターには、そろそろ良いタイミングだと思う。前事務所の権利で自由にならない、と再三発言しているが、個人的には、角松自身が何処まで本気でアーカイブに積極的に取り組んできたか、そこに幾ばくかの疑問を感じている。心情的には、やっぱり腰が重いんじゃあないの?、って。SNSでは「今年こそ」と書いているけれど、さあ、果たして…?

『EARPLAY』を繰り返し聴いてみて、今回のセルフ・リメイクで一番テイストの違いを感じたのは、女性ヴォーカル陣だった。吉沢梨絵、小此木まり、吉川恭子、上森真琴、亜季緒という5人が曲によって入れ変わりながらコーラスを取っている。が、このラインナップの見ての通り、何処かミュージカルっぽい味付けなのだ。善し悪しではなく好みの問題だが、ヴォイシングの積み方が異なるのか、発声の違いなのか、本来ソロで歌う人たちの集まりだからか、あるいはミックスに拠るものなのか、とにかくこれまでとはニュアンスの違いを感じた。オリジナルよりソウルっぽさが薄いのかなぁ? 『東京少年少女』ではあまり違和感がなかったので、これはちょっと謎。あちらは角松の方がミュージカルに寄ってるのが原因かしらね? まぁ、これから聴き込んでいくうちに、自ずと馴染んでしまうかもしれないが…。

ちなみにサンプル音源には、DISC2はの『東京少年少女』劇場版はナシなので、コレは本チャンが楽しみ。前向きというより 現状報告みたいなセルフ・リメイク集だけれど、そこにププッ と吹き出してしまう皮肉交じりの笑いを込める。そのやりクチは、80年代の角松の常套手段でもあった。ヴォーカルが良くなったのは言うまでも無いけれど、元がライヴ向けのアレンジだからか、歌モノとしての完成度より歌の疾走感、声のスピードを感じさせて気持ちがイイ。エアプレイ関連カヴァーに関しては、分かった風なコトを言いたがるマニアが出てくることと思うが、所詮それとは目指すステージが違うし、それも覚悟で我流を貫くところが一番角松らしいな。

それにしても、ツアー初日まであと1ヶ月ちょっと。このコロナ騒動の拡大状況だと、そのままの予定通りのスケジュールというワケには行かなそうだ…