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またも訃報が続いている。スキッド・ロウではゲイリー・ムーアの、UFOではマイケル・シェンカーの後釜を務めたスーパー・サブのような英ギタリスト、ポール・チャップマンが、6月9日、66歳の誕生日その当日に亡くなった。チャップマンは78年にマイケル・シェンカーの脱退後UFOに加入して注目されたが、彼がUFOに参加したのはそれが初めてではなく、実は74年のシェンカー在籍中にも一度加入している。シェンカー加入時は4人でスタートしているから、そこにチャップマンを迎えてツイン・ギター編成を試みたのだろう。しかしコレはうまく行かず、チャップマンは半年ほどで離脱。シェンカー期の2作目『FORCE IT』は、4人編成のまま、kydをゲストに呼んで制作された。

カナザワがポール・チャップマンの名前を知ったのは、76年にデビューしたローン・スターが最初。クイーンのプロデューサー:ロイ・トーマス・ベイカーが手掛けた新人バンドということで、日本でも『LONE STAR(孤独の星)』というタイトルで、大々的に売り出されたのだ。ヴォーカル+ギター2人+鍵盤+リズム隊という大型6人組で、その編成通り、なかなか凝ったサウンドメイク。翌年の2作目『FIRING ON ALL SIX』ではヴォーカルがジョン・スローマン(後にユーライア・ヒープ、ゲイリー・ムーア・バンド)に交替し、更に凝った、半ばプログレ的な緻密なアンサンブルを聴かせていた。

その後、再びUFOに呼ばれ、80年作『NO PLACE TO RUN(ヘヴィ・メタル・エクスペリエンス)』からメンバーに。でもカナザワにとっては、これがリアルタイム最後のUFO作品。シェンカー脱退で興味が薄れた上、もう自分の意識がスッカリAOR方面に向かっていたワケで…。しかも新生UFOを聴いて、まるで面白く感じられなかったのだ、当時は。そもそもハード・ロックのプロデュースにジョージ・マーティンってどうよ?と思っていた。ドラマチックな様式美で攻めてくるシェンカーに対し、チャップマンは よりストレート。それに合わせたか楽曲もシンプルになった感じがして、メチャ物足りなかった。

かくしてチャップマン参加の2作目『THE WILD, The WILLING AND THE INNOCENT』(81年)や『MECHANIX』を聴いたのは、ずいぶん後になってから。しかもヘヴィ・メタに走ったと思っていたUFOが、実は全然違うことをや演っていたと、その時に気づいた。日本では1にも2にもマイケル・シェンカーがいたハード・ロック・バンドというイメージで、彼が抜けた後は人気急降下。ところが本国UKでは、むしろチャンプマン期の方が売れていた。それはシェンカーが抜けたことで、シンガーのフィル・モグの持ち味が発揮されるようになったから。彼はハード・ロック・シンガーというには音域が狭く、ハイ・トーンのシャウターではない。むしろポール・ロジャースや、フォリナーのルー・グラムのような、声の旨味で歌を聴かせるタイプで、ハード・ロックでも適度にポップな味わいを持った楽曲が得意だった。

それをシッカリとサポートしたのがチャップマン。ただし露骨にギター・ヒーローを求める日本のロック市場には地味すぎた。エディ・ヴァン・ヘイレン始め、斬新なギタリストが続々登場してきた時期でもあったから、オーセンティックなハード・ロック・ギタリストだったチャップマンには不運だったな。『MECHANIX』のジャケなんて、どう見てもヘヴィ・メタなのに、実際はニール・カーターの鍵盤やサックスが聴いていて、如何にも英国らしい、なかなかファンキーなハード・ロックになっている。それこそマイケル・シャンカーの持ち味とは反対のベクトル。結局、UFOというバンドに何を求めるか、という日英の事情の差が、チャンプマンの過小評価を招いてしまった気がしている。

彼は旅立ってしまったけれど、この機に是非、チャップマン期のUFO再評価を。

Rest in Peace...