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相変わらず訃報が多い昨今。今度は英国人プロデューサー:マーティン・バーチ逝去の報が。亡くなったのは9日。バーチはディープ・パープル、レインボー、ホワイトスネイク、ブラック・サバス、アイアン・メイデンなど、ブリティッシュ・ハード・ロック系を得意としたエンジニア/プロデューサー。70年代に入る頃から頭角を現し、他にもフリートウッド・マックやジェフ・ベック・グループ、フェイセズ、ウィッシュボーン・アッシュ、ブルー・オイスター・カルトなどのエンジニア/プロデューサーとして働き、92年にアイアン・メイデン『FEAR OF THE DARK』の制作後、音楽業界から引退していた。享年71歳。

とりわけパープルとは縁が深く、70年作『IN ROCK』のエンジニアを務めたのを手始めに解散まで。後半はプロデュースも手掛け、更にリッチー・ブラックモアがパープルを離れた後のレインボー、パープル解散後にメンバーたちが組んだホワイトスネイク、ペイス・アシュトン・ロード、またジョン・ロードやロジャー・グローヴァー、コージー・パウエルらのソロ、パープル・レコードに所属したシルヴァーヘッドにも貢献している。パープル『IN ROCK』に収録された<Hard Lovin' Man>は、バーチのことを歌った曲だ。

…ということは、カナザワがロックを聴きだした頃からお世話になってきたエンジニア/プロデューサーということになるが、その名前を意識するようになったのは、レインボーの初期大傑作『RISING』(76年)から。それからは、なんだアレもコレもこの人ぢゃん…というコトに。レインボーやホワイトスネイクが親米的になってからはアイアン・メイデンお抱えになり、計9作も手掛けているが、その頃になるとカナザワもブリティッシュ・ハード・ロックからは一旦卒業してしまったので、思い入れは薄い。やっぱり自分にとってのバーチは、パープル・ファミリーの人だったな。

しかも彼の指向するサウンドは如何にも英国然としていて、気品や伝統を感じさせた。レインボーで言えば『LONG LIVE ROCK'N ROLL』(78年)まで、ホワイトスネイクなら『SLIDE IT IN』(84年)までを担当しているけど、レインボーは次の『DOWN TO EARTH』で産業ロック化、ホワイトスネイクは『WHITESNAKE(サーペンス・アルバス)』でメタルっぽい音に向かっている。その時オールド・スクールなサウンドを得意とするバーチは必要とされなかった。

でも今になって考えれば、レインボーが最もレインボーらしく、デヴィッド・カヴァーデイルが一番素直に歌いたい歌を歌っていたのが、バーチと組んでいた頃だった。特に変化が大きかったのがホワイトスネイク。メンバー交代が激しかったこともあるけど、ジョン・ロードやイアン・ペイスというパープル出身者が参加した上掲作『READY AN' WILLING(フール・フォー・ユア・ラヴィング)』や『COME AN' GET IT』の頃は、カヴァーデイルのポール・ロジャース信奉ぶりが微笑ましく、ノビノビと歌っていながら、英国や日本では厚い支持を得ていた。それがおかしくなったのが、本格的に全米制覇を狙い始めてから。

バーチが早くに業界を去った理由は明らかではないけど、もし自分の役目が終わったと思ってのコトだったら、ちょっと悲しいなぁ…。

Rest in Peace...

martin birch