kool and the gang 1kool_wild peaceful

クール&ザ・ギャングのロバート “クール” ベルの弟で、グループ創設メンバーとしても知られるロナルド・ベルが、現地時間の8日早朝、現在住んでいる米領ヴァージン・アイランドの自宅で急死した。死因は明らかにされていないが、突然死だったよう。享年68歳。弟ケヴィンと共にムスリムとなり、カリース・ベイヤンの名でも知られる(ケヴィンはエイミール・ベイヤン)。

ロナルドは、オハイオ生まれのニュージャージー育ち。コルトレーンやキャノンボール・アダレイ、ソニー・ロリンズ、アーチ―・シェップらジャズ・サックス奏者から影響を受け、兄のロバートと一緒に、64年、The Jazziacsなるジャズ・バンドを結成。紆余曲折経て、69年に地元インディ・レーベル:DeLiteと契約、クール&ザ・ギャングの名でデビューした。73年のスタジオ・アルバム4作目『WILD AND PEACEFUL』から<Jungle Boogie>や<Hollywood Swingin'>、5作目『LIGHT OF THE WORLD』から<Summer Madness>などのヒットが生まれ、広く注目されることに。今やクール&ザ・ギャングといえば、79年にジェイムス・J.T.・テイラー加入後のポップ路線がお馴染みだが、初期の彼らはゴリゴリのジャズ・ファンク・テイストで、ロナルドの存在感もその頃の方が大きかったと言える。しかし80年代のいつ頃からかバンドのツアーには帯同しなくなり、レコーディング・メンバーのような形になって、主にスタジオ・ワークに精を出していたようだ。

とはいえ、クール&ザ・ギャングと弟分であるケイ・ジーズといった関連グループを除くと、いわゆる外部ワークスは多くはなくて…。目立つのはジミー・クリフとのコラボだが、カナザワ的にカリース・ベイヤンですぐ思い出すのは、ザ・マンハッタンズの86年作『BACK TO BASIC』なのだ。ジェラルド・アルストン在籍最後のアルバムにして会心作、と言われたアレ。そこで彼は2曲プロデュースを手掛けていた。

でもこの『BACK TO BASIC』が称えられるのは、ボビー・ウーマックがプロデュースした4曲と、そこでジェラルドとデュエットしたレジーナ・ベルの名唱あって。実際この曲たちは素晴らししかった。で他の4曲を手掛けたレオ・グラハムとのコンビは、もう安定のマンハッタンズ王道路線。この両者に比べると、カリース制作の2曲は確かに影が薄かった。時代性を投影した結果か、スッキリ軽めのアレンジが施されているのだ。でもよく見ると、この2曲だけが、ジェラルド自身の書き下ろし。つまりこの2曲には、当時のジェラルドの本心が隠されていた、ということだろう。他の8曲はマンハッタンズ作品として素晴らしいが、ジェラルドはそろそろ違う道を進みたいと考え始めていて、それをカリースに託したと考えられる。そしてそこに可能性を見出した一方で、不動の路線を歩むマンハッタンズを目の当たりにし、脱退へと舵を切っていくのだ。

ちなみにベル兄弟の一番下の弟ケヴィン(エイミール・バイヤン)は、クール&ザ・ギャングには正式加入せず、サポート止まり。しかし外部ワークスで一番印象的な仕事を残したのが そのエイミールで、ラトーヤ・ジャクソンや角松がネタにしたアルメンタ、それにグロリア・ゲイナーやヴァネッサ・ウィリアムス、フレディ・ジャクソンにも関わった。3人の兄弟がいて、3人それぞれにコア・グループとの関わり方が異なっている。しかも、うち2人が改名。もうヤヤこしいなぁ〜、とボヤくのも今日を限り…。

Rest in Peace...