LeRoux

ル・ルー、もしくはルイジアナ・ル・ルー。TOTOファンであれば、2代目シンガー:ファーギー・フレデリクセンの出身バンドがこのル・ルーだったと気づくはず。更に遡って、このバンドが The LeVee Bandと名乗っていた 70年代中盤、その頃リード・シンガーを勤めたのは、他ならぬボビー・キンボールだった。ルイジアナ・ル・ルー名でのデビューが78年で、ルー・ルーへの改名を挟みつつ、83年までにアルバム5枚。トップ20入りした<Nobody Said It Was Easy(光を求めて)>以外、大したヒットは出てないものの、4曲が全米チャートに入る堅実な成果を残したグループだった。

そのル・ルーが90年代末に再結成。00年には ファーギーもゲスト的に参加したライヴ・アルバム『AOR LIVE』を出し、その後もライヴ中心に活動を継続。このところはタブ・ベノワというブルース・ギタリストのサポート活動をしていたようだ。

そんな彼らが、再結成時に作った『AIN'T NOTHING BUT A GRIS GRIS』以来、20年ぶりに新録アルバムをリリースしている。当時のメンバーで今も在籍するのは、結成メンバーのロッド・ロディ(kyd)とトニー・ヘイゼルデン(g)、ファーギーと同じく5作目『SO FIRED UP』(83年)から加入したジム・オドム(g)の3人。初期のメイン・ソングライター:ジェフ・ポラード、ベース兼プロデューサー:レオン・メディカといった在りし日の牽引役は不参加だが、かつての脇役が中心になって看板を守っているようだ。

何故このタイミングで新作を作ったのか、その経緯は不明だけれど、プロデューサー:ジェフ・グリックスマンと邂逅したことが、20年ぶりのアルバム・リリースに繋がったとか。彼はジョージア・サテライツやゲイリー・ムーア、ブラック・サバス、サクソン、イングヴェイ・マルムスティーンなどを手掛けてきた人で、とりわけカンサスとの長きに渡るコラボレイトで知られている。

そして何より、初めて名前を見るジェフ・マッカーティというシンガーが強力で。ちょっとレーナード・スキナードの故ロニー・ヴァン・ザントに似ていて、もしかしてこのシンガー獲得で、メンバーにやる気が点ったのではないか。ツイン・ギターにダブル・キーボード、パーカッション奏者も入った総勢8人編成。この大所帯でふと思い出したのはテデスキ・トラックス・バンドだ。実際この新生ル・ルーのサウンドもサザン・ロック風で、特にオールマン・ブラザーズを髣髴させる瞬間がある。それもブルース的というより、もっとタフなリユニオン後のパワー・アンサンブル。再びルイジアナを看板に戻したこともあってか、曲によってはブギーなノリのセカンド・ライン・ファンクを聴かせたりも。フォーマットがデカイためか、サスガにリトル・フィートほどのキレはないが、コレはコレで充分にカッコ良い。かつては時流を意識して、アメリカン・ロックから産業ロック寄りにシフトした彼らながら、今の南部拠点で大型バンドをやっていくには、この方向性は正解だろう。

アディショナル・ミュージシャンとして、かつての中心メンバー:レオン・メディカが3曲ベースをプレイ。近年縁が深いタブ・ベノワも、バンドのセルフ・カヴァー曲<New Orleans Ladies>でギター・ソロを弾いている。もう1曲<Lifeline>も、ファーギー時代の曲のリメイク。そしてバック・ヴォーカルには、ビル・チャンプリンと、前身バンドに関わっていたボビー・キンボールが参加している。

まったく期待せずにサブスクで聴いたら、ベクトルの意外性と思わぬデキの良さに、思わずポチリ。ちなみにル・ルーの “ルー” はフランス語で、カレーやシチューに使う “ルー” のこと。ルイジアナだから、イメージはさしづめガンボだろう。そう考えると、このイナタいアートワークにも納得です。