chepito new

コレは、待ってました の世界初CD化。初期サンタナの飛び道具と称されたパーカッション奏者ホセ・チェピート・アリアスのワン&オンリー作が復刻された。オリジナル・リリースは74年。全盛期のサンタナ人気に乗じてのリーダー作だったけれど、野生児とも言われた強烈なキャラクターと激しいティンバレスの連打で、リーダー:カルロスやシンガー兼キーボードのグレッグ・ローリーに匹敵する注目度を集めていた。鮮烈なデビューを飾ったウッドストックに於いて一番衝撃的だったのは、カルロスのギターよりも、複数のラテン・パーカッションを奉じたバンドの、圧倒的なリズム・アンサンブルではなかったか?

そのサンタナが徐々にジャズ色を強め精神世界へと傾倒していったのが理由だろう、グループを抜けたチェピートはサンタナ周辺人脈を頼りつつ、このアルバムを作るワケだ。CDブックレットに転載された故・中村とうよう氏の当時の解説には、何故チェピートがサンタナを抜けたのか分からない旨が書かれているが、今になって当時のサンタナの動きを俯瞰すれば、それはすぐに理解できる。単純に言えば、サンタナが進もうとしている方向性に欲求不満を募らせてのソロ活動スタート。『CARAVANSERAI』(72年)から巨匠アルマンド・ペラーサがバンドに参加し、パーカッション部隊のイニシアチヴを取りづらくなったことも関係したに違いない。実際サンタナ本体よりもラテン色濃厚なこの好盤を完成させたが、残念ながら商業的な成功は得られず終い。76年作『FESTIVAL』でサンタナ復帰を果たすも、ポップ化していくグループには馴染めなかったか、やはり長続きしなかった。

日本では一様に“ラテン”とひと纏めにしてしまうが、メキシコと地続きの米西海岸と、カリブ諸島に近い東海岸では、音楽の質が違う。チェピートはメキシコの南、ニカラグアの出身。その向こうに南米大陸が広がる。そうした点ではカルロスもチェピートもウエストコーストのラテン音楽由来なのだが、サンタナが上手かったのは両者をセグメントせず、プエルトリコやキューバ由来のニューヨーク・ラテン成分も融合して、一緒にロックに乗せたこと。<Oye Como Va(僕のリズムを聞いとくれ)>など、早くからティト・プエンテの曲をカヴァーしていたことからも、そのスタンスが透けて見える。う〜ん、とうようサンや日本のラテン・パーカッション第一人者ウィリー長崎さんの解説、ラテン・ミュージックに疎い自分にはとても勉強になります。

例えば、マンボとかサルサとかサンバ、アフロ・キューバンあたりのジャンル用語は、音楽好きなら耳にしたことがあるだろう。でもモントゥーノ、クラーベ、ソンとなると、どう? 気持ちよければそれで良い、というのは間違っちゃいないけど、何故カッコ良いと感じるのか、その理由を知ることは、次に自分がカッコ良いと感じられるモノを探す時の大きなヒントになる。

参加ミュージシャンは、初期サンタナからダグ・ローチ(b)、リチャード・カーモード/トム・コスター(kyd)、ジャーニー結成を控えたニール・ショーン(g)、そしてスライ&ザ・ファミリー・ストーン出身のグレッグ・エリコ (ds)、マロにいたトニー・スミス(ds)、ジャズ・サックス奏者でマロにも絡んだことがあるハドリー・カリマン(sax)など。そこにチェピート・ファミリーと形容される取り巻きミュージシャンが加わる。楽曲は全9曲中7曲がチェピート自身の作品(共作含む)。意外だと思う人が多いかもしれないが、チェピートはサンタナ時代から、パーカッションだけでなく楽曲提供でもバンドに貢献していたのだ。時折エモーショナルに斬り込んでくるニールのロック・ギターも実に気持ち良い。

もしかしたら、今となってはサンタナ・ファンだけでなく。以前からこのアルバムを愛でている角松敏生の特別寄稿を目当てに、CDを手にした方も多いかもしれない。まぁ、キッカケとしてはそれでも全然OKだけれど、もし初期サンタナをロクに知らずにコレを聴いているなら、『ABRAXAS(天の守護神)』や『AMIGO』(チェピート不在)くらいは聴いてほしいと願うばかり。ちょうどサンタナの1作目も、SA-CDハイブリッドで同時発売になったことだし。