fleetwood mac_rumours

いま全米アルバム・チャートで信じ難いコトが起こっている。フリートウッド・マックの代表作『RUMOURS(噂)』(77年発表)が再びチャート・インし、実に42年ぶりにトップ10入り(第7位)しているのだ。その直前、エディ・ヴァン・ヘイレンの死が大きなトピックになったばかりだが、最もネタにされて再浮上したヴァン・ヘイレン1stアルバムでさえ、30位止まり。それがトップ10に返り咲きというから、どれほどスゴイことかと想像できると思う。

コトの起こりは、アイダホに住む37歳の一般男性がTik Tokに投稿した画像。それは、通勤途中の男性のクルマが故障してしまい、積んであったスケートボートに乗って、ジュース片手にルート20を疾走するもの。彼はジャガイモ加工工場に勤めており、シフトに穴を開けると、生産ラインが動かせず会社に莫大な損害を与えてしまう。そこで彼は始業時間に間に合わせようとチャレンジを始め、その経過をアップした。その画像のBGMに使ったのが、フリートウッド・マック<Dreams>。するとこの画像がなぜかバズり、"Dream Challange” ブームが沸き起こる。人々が<Dreams>を流しながら様々な困難にチャレンジし、それがネットに溢れ出したのだ。これによって<Dreams>収録の『RUMOUR』が再び大ヒット。おそらくはスマホ経由サブスク中心の現象だろうが、今はそういうコトが突然起きる時代なのだ。

この現象が起きて、フリートウッド・マックの魅力をマジメに分析している評論家もいる。曰く、ヴォーカルがビートルズみたいに3人いるとか、スティーヴィー・ニックスが日本では想像もできないくらい大きなカリスマ性を持っているとか。もちろんハズレちゃいないけど、バズった原因はTik Tokだ。だから理由はもっと直感的で、楽曲のメロディの良さ、歌詞への共感、電波に乗った音の質感、といったトコロだろう。アーティストの魅力はあくまで背景、もしくはある世代以上のノスタルジー、甘い記憶を蘇らせるツールに過ぎないように思える。

翻ってみれば、竹内まりや<Plastic Love>が昨年2,500万回超の再生回数に達したというのも、同じことではないか。歌詞も分からず竹内まりやも知らない海外で<Plastic Love>が受けるのは、楽曲そのものの魅力が今の若い世代の音楽感覚にマッチしたからに他ならないし、延いてはシティ・ポップのブームもそれの同一線上にある。

ホントに今の世は、何が突然降って湧くのか予想できない。元々音楽のヒットなんてギャンブルみたいなモノだけれど、今はそれに輪が掛かっている。最近はユーミン、サザンオールスターズなど大物が続々デジタル解禁し、それがデフォルトになりつつある。自分だってフィジカルに愛着を抱き続けているオールド・スクールな人間だけど、冷静に見れば、廃盤になったフィジカルは一銭も産み出さない。でもストリーミングにアップしたり、SNSで使えたりすると、ある日突然注目を浴びて課金される。デジタル拒否は、その可能性を根こそぎ摘み取ってしまうコト。権利者はそこに早く気付くべきだ。

そのうえでデジタルとフィジカルを上手に差別化し、パッケージならではの付加価値をつけていくことが重要。それは単にオマケやグッズでユーザーを釣り上げるのではなく、アートワークを含めた作品の総合力を高め、ユーザーの所有欲を喚起していかねばならない。使い捨てタレントと普遍的アーティストの差を、今こそシッカリ示すべきなのだ。そして自分と同じような無駄に音楽知識を持つ人間は、同世代内で傷を舐め合うのではなく、後継世代の水先案内をしていけばイイ。業界は斜陽でも、音楽の可能性はまだまだ広がっている。

そうした意味で、フリートウッド・マックのリヴァイヴァル・ヒットは、エルダー世代に勇気を与えてくれる事象だ。でもコレで、来日公演はまた遠のいてしまうのかも…