chu kosaka_urawa

平成の大合併で、今では同じ さいたま市の一部となった浦和。70年代は浦和ロックンロール・センターとがロック・ソサエティ・ウラワなど和製ロック系コミュニティの動きが活発で、隣町:大宮に生まれ育った自分としては、ちょっと羨ましい気持ちがあった。そのロック・ソサエティ・ウラワが主催したロック・イベント:RSU夏の陣から、小坂忠とフォージョーハーフのライヴ音源が登場。ここからは既に遠藤賢司、ブレッド&バター、湯川トーベンが在籍した幻のバンド:神無月、高田渡のライヴがCD化されている。

忠さんといえば、今では はっぴいえんど〜ティン・パン・アレー人脈に連なるR&B系シンガーとしてお馴染みだけれど、はっぴいえんどがまだフォーク・ロック・バンドのように扱われていた時代にあっては、忠さんもまたフォーク・シンガーのように見られていた。その反発から、弾き語りではなくバンドで行こうと組んだのが、フォージョーハーフ。つまりは四畳半の意で、滅茶苦茶 皮肉が込められている。でもそのメンバーが、松任谷正隆(kyd.banjo)、林立夫(ds)、後藤次利(b)、駒沢裕城(Pedal Steel)という、今から見たら超スーパーな陣容。短期間の活動だったが、エレキ・ギターではなくペダル・スティール奏者がいるのがポイントで、当時の忠さんが試行錯誤しながら、ひとまずカントリー・ロック方向を狙っていたことが分かる。

72年8月の録音ということは、2枚目のアルバム『もっともっと』の発売直後。この『もっともっと』は同年3月にフォージョーハーフと録ったライヴ盤だから、その内容に大差があるワケではなく、曲目も被っている。それどころかアチラには、細野晴臣や鈴木茂のゲスト参加も。でもこのバンドは年越しできず、すぐに解散してしまうから、コレはコレで大変貴重な記録なのだ。歌詞に差別用語が使われているこため、近年の再発盤からカットされている<どろんこまつり>も、そのまま収録。8曲中5曲は、デビュー・アルバム『ありがとう』から。そもそも『もっともっと』は、新曲ができずにスタジオ新作を断念してライヴ録音に切り替えた作品そうだから、ココにも新曲は入ってない。その2枚を聴き比べたワケではないけど、ソウル色を増していく前、ジェイムス・テイラーっぽい初期の忠さんが好きな方なら、チェックが怠れない好記録だ。『HORO』しか知らないと、<機関車>のオリジナル・バージョンには驚くかも。マンタさん、次利さんは、フォージョーハーフがキャリアの出発点でもあった。

ブックレットには、忠さんや細野さんを中心にした70年代前後のファミリー・ツリーが載っている。ちょうど今、鈴木茂と小原礼、林立夫が60年代末に組んでいた SKYE が、マンタさんをメンバーに迎えて再結成し、レコーディング中。コンピュータ・ミュージックと化した若手の今様シティ・ポップスとは次元の違うところで、大御所たちの70's型シティ・ポップスがゆっくり動いている。