mountain

クリスマスだというのに訃報が。米国の伝説的ハード・ロック・バンド、マウンテンの中核だった巨漢ギタリスト:レズリー・ウェストが、12月22日に逝去。ローリング・ストーン誌によると、レズリーは今週初めにフロリダの自宅で心停止に陥り、意識不明に。そのまま亡くなったという。享年75歳。

レズリー・ウエストは、ロングアイランドで活動していたヴァガランツのヴォーカル/ギタリストとしてキャリアをスタート。エリック・クラプトンに影響されたブルース・ロック・ギターで注目されていた。そこに目をつけたのが、クリームのプロデューサーだったフェリックス・パパラルディ。彼はレズリーに声を掛け、ソロ・アルバムを制作。69年に発表されたのが、レズリーの初ソロ作『MOUNTAIN』である。これを機にレズリーとパパラルディの双頭バンド:マウンテンが始動。同年8月のウッドストック・フェスティヴァルに出演し、一気に注目されるようになった。そして翌70年、マウンテンとしてのデビュー・アルバム『CLIMBING!(勝利への登攀)』がアルバム・チャートのトップ20入り。シングル<Mississippi Queen>も全米21位のヒットを記録している。

続いて『NANTUCKET SLEIGHRIDE』『FLOWERS OF EVIL(悪の華)』を出してさらに人気を高めるが、ココで最初の解散。レズリーとドラムのコーキー・レイングは、前後して解散したクリームのジャック・ブルースと合流し、ウェスト・ブルース&レイングを結成。しかし活動は長続きせず、レズリーは再びパパラルディと手を組んで、アラン・シュワルツバーグ(ds)、ボブ・マン(g,kyd)といったセッションマンをメンバーに仕立て、マウンテンを復活。日本で録音されたライヴ・アルバム『TWIN PEAKS(異邦の薫り)とスタジオ盤『AVALANCHE(雪崩)』を制作したのが、この時期だ。しかしパパラルディが83年に奥様に撃たれる非業の死を遂げ、残ったレズリーが断続的にマウンテンとして活動していくことに。しかしかつてのような成功を収めることはなかった。

自分がマウンテンを聴いたのは70年代の後半だから、既にマウンテンは活動を止めていた。だが英国のハード・ロック勢がインプロヴィゼーションを売り物にしていたのに比べ、マウンテンやグランド・ファンク・レイルロードといった米国勢は、もっと楽曲主義寄り。そういう意味では、曲作りやプロデュース面で貢献が大きかったパパラルディを抜きにしては、マウンテンは成立しなかったのだろう。そしてレズリーの死で、その看板を受け継ぐ者は誰もいなくなった。

それでもソロ作『MOUNTAIN』からの<Long Red>はドラム・ブレイクのネタとして知られ、カニエ・ウェストやジェイ・Z、更にパブリック・エネミー、エリックB. & ラキム、デ・ラ・ソウル、TLCらに使われているそう。実は意外なところで名を残すレズリー・ウエストなのである。

Rest in Peace...