tinna

70〜80年代のシティ・ポップス黄金期を裏側から支えた作編曲家/プロデューサー、惣領泰則。石川セリ(vo)やピコこと樋口康雄、原田時芳(=クマ原田)らが在籍したシングアウトに始まり、それをNHKの音楽番組用に再編したユニット:ステージ101、米国を舞台にデビューしてポール・マッカートニーからの楽曲提供を受けたブラウンライスと第一線で活躍していた彼が、再び日本で再出発。自らジム・ロック・シンガーズを率いつつ、元ブラウンライスの女性ヴォーカル陣にデュオを組ませ、再デビューさせたのが、このTINNA(ティナ)である。

メンバーは後期ブラウンライスで歌っていた吉原智子と高橋真理子。吉原は惣領泰則と結婚して惣領智子になり(のち離婚)、ジム・ロック・シンガーズでもヴォーカルを務めた。併行してソロ活動もスタートさせていて、代表曲<City Lights By The Moonlight>は、ジム・ロックとソロ、両方のレパートリーになっている。相方の高橋は日系アメリカ人で、米国で事故死したオリジナル・シンガーの後釜としてブラウンライスに加入。グループ解散後はひとり米国に残ったが、ある時 惣領夫妻に会うため来日。泰則はちょうど、F1のドキュメンタリー映画『ポールポジション』の日本独自企画盤の曲作りに取り掛かるタイミングだった。そこでブラウンライスのように、2人で一緒に歌ってもらおうと閃き、それがTINNA結成に繋がった。78年のコトである。

優しく上品な歌い口の智子。米国育ちらしくエモーショナルでパンチ力のある真理子。その絶妙なコンビネーションは、他の女性コーラス・グループにはない魅力。かくしてTINNAは79年に、L.A.録音の『ロング・ディスタンス』で正式デビュー。再びカー・レース関係のTVドキュメンタリー “ルマン24時間耐久” のサントラ盤『童夢』、新曲入りベスト『マンデイ・モーニング・レイン』、80年作『1999』と、4作を矢継ぎ早にリリースした。一番知られているのは、航空会社とのタイアップ・シングル<シャイニング・スカイ>あたりか。でもデュオの活動は正味2年半で幕。解散の舞台裏は分からないが、智子が81年に出した久々のソロ作『IT’S ABOUT TIME』には妊婦姿の彼女が写っていたから、その辺りが関係していたと推察できる。

このベスト・アルバムは、当時の『マンデイ・モーニング・レイン』とは別モノで、『ロング・ディスタンス』と『童夢』から各5曲、編集盤『マンデイ・モーニング・レイン』に収録されていたアルバム未収タイアップ・シングル3曲、『1999』から4曲の計17曲を収録。権利の問題があったか<シャイニング・スカイ>が未収なのが残念だが、歌謡曲にも当時のニューミュージックにも擦り寄らずに洋楽的MOR路線を貫いたこのユニットらしさが、そこかしこに感じられる。

ちなみにジャケ写は、『マンデイ・モーニング・レイン』のバック・カヴァーです。