jefferson starship_freedom

前回のハートのポストがキッカケになって、一部で ちょっこし AOR v.s.産業ロック論争が起きている。中には、カナザワを産業ロック否定派として受け止めていた人もいた様子。でもそれは違うのよ。TOTOあたりを分水嶺に違いがあると言ってはいるが、そもそもが地続き。左右の差はあっても、上下はない。あるとすれば、好みの深さ、もしくは発言の立ち位置の違いだろう。

ただ、AORが持っていたサウンドの微細なニュアンス、例えばドラムのスネアのゴーストノートとか、ローズ・ピアノの揺らぎ感みたいなモノが、産業ロック勢の分厚い音に掻き消されていったのは確かだろう。もちろんそれは音楽的な変化だけでなく、ポリフォニック・シンセの登場やギター・エフェクターといった機材の進化、録音技術の発達、FMラジオの多様化、そして何より音楽業界の巨大化・商業化など、多くの時代背景が原因にある。フリートウッド・マックやピーター・フランプトンの大ブレイクを追いかけるように、ボストンやフォリナーがデビュー。スティクスにはトミー・ショウ、ジャーニーにスティーヴ・ペリーが加入し、大衆化が進んだ。

産業ロックと呼ばれる所以は、世界に通用する最大公約数的音作りを目指したから。それまではアウトローを気取って個性を大きく増幅させるのが、ロック・バンドの売り出し方の常套だった。対して産業勢は優等生的。でもどちらが努力し考えているか、といえば、全科目80点以上をとる優等生である。しかも産業ロック勢は、後進のメロディック・ロック系と違ってアーティストごとにちゃんと個性を確立している。一方で主にスタジオで構築されるAORは、演奏スキルや高度なアレンジで勝るものの、ヒット・ポテンシャル、表現力の強さでは到底太刀打ちできない。

よくAORと産業系の比較で判断材料にされるのがジャーニーだ。グループとしては言うまでもなく産業ロックだが、スティーヴ・ペリーのソロ『STREET TALK』はどうよ?と。更に彼がイニシアチヴを握ったオリジナル編成のグループ最終作『RAISED ON RADIO』は?、と。自分としてはジャーニーはペリー加入以前から聴いていたから、初期ジャーニーにもそれなりに愛着がある。

同じような変遷を辿ったのは、このジェファーソンも同じ。メンバー・チェンジでジェファーソン・エアプレインからモダンに進化してジェファーソン・スターシップに進化し、一時グループを離れていたマーティ・バリンが復帰して、彼が歌うメロウなナンバーで大きな人気を得た。が、78年作『EARTH』を最後にマーティが再離脱。上掲『FREEDOM AT POINT ZERO』でハイトーン・シンガーのミッキー・トーマスとジャーニーにいたエインズレー・ダンバー(ds)の加入があり、一気に産業ロック方向に舵を切った。そのシンボルが大ヒットした<Jane>(全米14位)。UFOやベイビーズを手掛けたロン・ネヴィソンがプロデュースし、彼の出世作になったことも記憶に残っている。

だが産業化・大衆化をひとすじに進めるグループについて行けなくなったのが、皮肉にもエアプレインやスターシップの操縦桿を握っていたはずのポール・カントナーだった。彼のスピリットが不要になったことが、バンドの商業化を分かりやすく物語っている。かくして彼らは、ジェファーソンの冠をはずして、ただの “スターシップ” に。<We Built This City>や<Sara>、<Nothing's Gonna Stop Us Now>といった大ヒットを連発した。後の2曲はAORチューンといって差し支えないが、他のアルバム収録曲にソレっぽいタイプの楽曲はなく、作品クオリティもシングル頼り。そうした動きにベテラン・バンドによる産業ロック化のプロセスが垣間見える。

この手のバンドは、アリーナ・ロックとも呼ばれるように、最初から大衆こそがターゲット。AORに成功した大編成バンドが多くないのは、ハナから見ているステージが違う、と言うコトなのではないかな?