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何ということ! カラパナの一連のカタログの再発日に、現リーダーであるギタリストの “DJ” ことデヴィッド・ジョン・プラットが急逝、の一報が飛び込んできた。現地ホノルル時間の7日午後、自宅で倒れているのを発見され、その後、死亡が確認されたという。享年66歳。

カラパナはハワイのホノルルに本拠を持つカフク・プロダクションが、界隈のクラブやレストランでプレイしていた有望な若手ミュージシャンたちを集めて組ませたグループ。ハワイ初のロック・バンドとされるセシリオ&カポノが、米Columbiaと大型契約を結んでメインランドへ渡ったことに刺激を受け、第2のスターを目指して結成された。初代メンバーは、マッキー・フェアリー(vo,g)、マラニ・ビリュー(vo,g)、デヴィッド・ジョン・プラット(g,back-vo)、カーク・トンプソン(kyd,back-vo)で、マラニとDJは子供の頃からの友人同士。DJとカークは一緒にハイスクール・バンドを組んでいた。

デビューは75年の『KALAPANA(ワイキキの青い空)』で、カフク・プロが立ち上げたアバター・レコードから全米リリース。彼らは西海岸一帯のクラブや大学でライヴを展開。ハワイではアース・ウインド&ファイアーやスライ&ザ・ファミリー・ストーン、ムーディー・ブルースらのフロント・アクトを務めて人気を獲得し、76年には弟分サマーを引き連れて野外音楽堂ワイキキ・シェルをフルハウスにしている。日本デビューもこの年で、2作目『KALAPANA II(ワイキキの熱い砂)』が本邦デビュー盤。時を同じくして米西海岸文化が流入し、サーフ・ロック・ブームが湧き上がって、今でいうコンテンポラリー・ハワイアン勢が日本に次々紹介された。

しかしカラパナは70年代終盤からメンバー交代が続き、DJがグループを支える形になって、81年のジャパン・ジャム出演後から集合離散を繰り返しすようになったが、80年代後半に神戸出身のベーシスト:ケンジ・サノが加入し、ようやく本格的にリユニオン。ところが00年にマッキーが逝去。18年末にはマラニも亡くなり、DJとケンジが若手メンバーを牽引するようになった。でもこの度のDJ死亡でオリジナル・メンバー不在となるため、活動停止が懸念される。

そして今回のリイシューは、70年代カタログの日本配給契約が移動したため。既に数回リイシューが繰り返されているカラパナ作品群だけど、来日すれば常にフルハウス。再発もその都度、それなりの実績を上げているらしい。とはいえこのご時世、フィジカルが出るのはコレが最後になる可能性が高いので、手元にCDを置いておきたい方は要チェック。そして大きいジャケは、DJが79年に出したワン&オンリーのソロ・アルバム『BRANDED(MR.ブルースカイ)』。こちらは10年前のCD化が最初で最後になるが、カラパナ・ファンなら聴く価値アリだろう。

なお、お知らせしていた拙監修・選曲のコンピレーション『Light Mellow KALAPANA』は、諸事情で発売延期になっています。発売日が決定し次第、ご案内させていただきます。

Rest in Peace...