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フォークからシティ・ミュージックへと鮮やかな変身を遂げたデュオ:風の大久保一久が、12日に亡くなった。再結成を目論んでいた最中の08年に脳血管障害で倒れ、長い闘病生活に。直接の死因は急性の心臓疾患だったらしい。享年71歳。

風は、元かぐや姫の伊勢正三と、元・猫の大久保一久が結成し、1975年にデビュー。伊勢がかぐや姫時代に発表した<22才の別れ>をリメイクし、デビュー・シングルとして大ヒットさせた。79年の解散までに5枚のアルバムをリリース。最初の2枚は<22才の別れ>のイメージもあって、いわゆるフォーク・デュオとして活動していた。しかし大久保は、高校時代はロック・バンドでドラムを叩いていて、ライヴ・ハウスにも出演していた人。大学進学の準備をしている頃に、地元のスーパースターだった吉田拓郎のライヴを観て感化され、上京と同時に生ギターを弾き始めたそうだ。猫に加入してからも、カントリー・ロックの影響でマンドリンやバンジョーを手にしていたという。そうした幅広い音楽性を持ったミュージシャンだった。

そんな大久保にインスパイアされてか、ずーっとアコースティック・ギターで通していた伊勢も本格的にエレキ・ギターを弾くように。そして3作目『WINDLESS BLUE』で、バンド・サウンドを導入。当時2人はボズ・スキャッグスやオーリアンズ、スティーリー・ダン、ファイアーフォール、シーウインドあたりを聴き込んでいたというから、いわゆるウエストコースト系のシティ・ミュージック、後のAORに傾倒し始めたワケだ。この『WINDLESS BLUE』のリリースが76年11月。ボズの『SILK DEGREES』のUS発売が同年3月、2ndシングル<Lowdown>が全米3位になるのが10月だから、風が新しい方向性を打ち出すのが如何に早かったか、その先進性が窺える。そしてその先に、シティ・ポップ方面で名盤とされる4作目『海風』、そして最終作『MOONY NIGHT』があるワケだ。この2枚はL.A.録音だが、アチラのミュージシャンを使うのではなく、日本からバンド・メンバーを帯同してのレコーディング。ホーンやコーラスなどでは現地ミュージシャンを起用していて、ウォーターズとかトム・サヴィアーノ(HEAT)、スティーヴ・フォアマンなんて名前が見つかる。でもアレンジの瀬尾一三含め、彼らが欲しかったのは、西海岸特有の雰囲気と乾いたサウンドそのものだったのだろう。

風の解散後、大久保はすぐにソロ活動を開始。AOR路線を進めていった伊勢に対し、若干渋めではあったが、3枚ほどのソロ・アルバムを出している。

「久保ヤンのやさしさがなかったら、“風” は存在せず、僕はただの孤独な男に過ぎなかったのです。ありがとう、久保ヤン。おやすみなさい。〜伊勢正三」