kurozumi_boxing days

再び、ビクター『マスターピースコレクション〜 CITY POP名作選〜』第2期17作からの紹介に戻って、今回は初CD化となった黒住憲五『BOXING DAYS』。これまでの黒住作品のCD化に浅からず関わってきて、少し前に実現したサブスク化も、自分のリクエストが発端になった。黒住さん本人からも、以前から「『BOXING DAYS』も出し直そうよ」とのお話を戴いていたので、それとなくチャンスを窺っていた。そして『マスターピースコレクション〜 CITY POP名作選〜』の企画が持ち上がった時に提案したところ、担当A&R氏も念頭にあったようで、こうして意見の一致を見て、ようやくCD化が実現。そうした下地があったので、コレも黒住さんご自身の話をお聞きしつつ、自分が解説を担当させてもらった。


でもこのアルバムが今までCD化を見送られてきたのには、それなりの理由がある。それはJ-AOR名盤に数えられる1st『STILL』や2nd『STILL』とは音楽性がまるで変わっていて、もはやAORでもシティ・ポップでもなく、むしろエクスペリメンタル・アンビエント・ミュージックとでも呼ぶべきスタイルで構成されていたからだ。

しかし近年のシティ・ポップ再評価では、その裾野が大きく広がって、アイドル歌謡やテクノまでが、同じような目線で語られるようになってきた。“バレアリック”と呼ばれるスタイルも、そのひとつ。“バレアリック”とは、ヨーロッパのリゾート地:イビザ島のディスコ/ナイト・クラブから始まった音楽スタイルを指していて、ゆる〜いスピード感でラグジュアリーなムードを演出するような、チルアウト・ミュージックを意味する。この『BOXING DAYS』が持つ耽美的ヨーロピアン・テイスト、シンセサイザーやシーケンサーなど85年当時の最新器材を駆使したエレクトロニック・サウンドは、今まさに世界的注目を浴びているバレアリック・ミュージックのジャパニーズ版そのもの。その筋で伝説的存在となっているARAGON(今剛や林立夫らのユニット)、そこでヴォーカルを取っていた西松一博『貿易風物語』(86年)、井上鑑のソロ諸作、マライアや清水靖晃のリーダー作群、その辺りの横に並べたい一枚だ。ただ和モノ・バレリアックを紹介したディスク・ガイドには、何故か掲載されていないのだけれど。

黒住さんのインタビューに拠れば、ブレーンの一人である浦田恵司が、USから最新機材のLinn Drumを入手したことが、ドラスティックな変化のキッカケ。浦田は井上鑑の初期ソロ作でサウンド・クラフトを担ったマニュピレーターで、ARAGONの影の立役者。松原正樹の打ち込み作『BEEN』も、松っつぁんと浦田のコラボで生まれた作品だ。そんなタイミングで黒住さんが出会ったのが、その清水靖晃と生田朗。生田はYMOの元マネージャーで、当時は坂本龍一や渡辺香津美のブレーンを務めていた。吉田美奈子のご主人でもあったが、88年にメキシコで非業の死を遂げる。当時の黒住は、ちょうどそれまでとは違った方向性を模索し始めていた時期で、彼らとの出会いに新たな可能性を感じたそうだ。

実際、清水のサウンド・メイクは奇想天外。通常はオケの完成後、もしくは完成間近で行われる仮歌録りは、ドラムとベースの次だった。つまり、コード楽器がまったく入っていない段階で歌ったという。でもこれがある意味で理に適っていて、上モノは後からダビングされるため、重厚な打ち込みでも歌を絶対に邪魔しない。それこそナマで録音したのは、ヴォーカルとサックス、CM用に作ったシングル曲<震えて眠れ>のストリングスぐらいだそう。ボーナス・トラック<限りなくテンダー>は、そのシングルのカップリングだった。

なので、キャリア初期のAORサウンドとは真逆のベクトル。それでも黒住自身の曲作りはいつもと同じで、打ち込みに対する遠慮や同調など皆無。そして最終的なジャケットやイメージはヨーロピアン・テイストでトータライズされ、ちょっぴり不思議なアート感覚が漂う。投げ込みのインナーもそれなりのサイズ感で再現されているから、ここは是非フィジカルで。