diana ross_thank you

バケモノだな、ダイアナ 77歳にして、見た目も歌声も歳喰ってない。それどころか、80年代に出した一連のヒット作に比べたって、むしろ若々しいほどのデキ。シュープリームスでのデビューから60年目、ニュー・アルバムとしては06年の『I LOVE YOU』以来15年ぶり。しかしそれはカヴァー・アルバムだったから、純粋なオリジナル新作となると、実に99年作『EVERY DAY IS A NEW DAY』以来、22年振りとなる。

プロデュースは8曲を手掛けたトロイ・ミラー (ダイアナとの共同曲制作含む)を中心に、トライアングル・パークやジャック・アントノフといった新鋭ばかり。英国人のトロイは、エイミー・ワインハウスのドラマーとして頭角を現した人で、ローラ・マヴーラやルーマー、ローチフォードらに関係。最近ではグレゴリー・ポーターやジェイミー・カラム、カイリー・ミノーグをプロデュースしている。フィラデルフィア出身の制作チーム:トライアングル・パークは、カニエ・ウェストやH.E.R.に関わってきた。1曲のみプロデュースしているジャック・アントノフは、テイラー・スウィフトやロード、ラナ・デル・レイ、シーアなどで知られる超売れっ子。まさに現行ポップス・シーン最高峰の陣容を揃えているワケだ。

でも40年以上ダイアナの活動を見てきた身としては、80年代ならともかく、今はもう誰と組もうとあまり重要ではないワケで。それよりも時代に付かず離れずのポジションをキープした上で、ダイアナらしさを表現してくれれば上等なのよ。

そうした意味でこのアルバムは、実によく練られている。今ドキのダンス・チューンやハウスっぽい曲も散見されて、まぁ、それはダイアナのステイタスなのかと。ブランクはあってもチャンとシーンの動向は掴んでいるわヨ、というアピールだから、それもダイアナと割り切れる。詳しくチェックしたら、この手のトラックはやはりトライアングル・パークやジャック・アントノフの制作曲。決して本来のダイアナらしさの表現ではなく、彼女の透き通った美声にオートチューンなんか掛けちゃって、「ナンだかなぁ〜」と思ってしまうが、一方でH.E.R.にも繋がるクールな世界観の<In Your Heart>あたりもあって。そうした曲では、ダイアナの声が静かに存在感を発揮する。

対してトロイ・ミラー が手掛けた曲は、往年のファンも、比較的若いポップス・ファンも、彼女らしさを無理なく謳歌できるのでは? リード曲<Thank You>なんて、まるで彼女からのフェアウェル・ソングのようにも聞こえるし、ダイアナらしいスロウ・ナンバーもふんだん。オーケストラもロイヤル・フィルハーモニックとロンドン・シンフォニーと伝統ある名門楽団を贅沢に使い分けている。でも同じようなバラードでも、かつてのマイケル・マッサーのように甘々でゴージャスな感じとは違って、現代風のキュッと引き締まったトラックメイク。だから演出過剰に陥ることなく、ダイアナのシュガー・ヴォイスがナチュラルに浮かび上がってくる。わざわざ声を張らずとも、メロディにゆったり色を付けられる。

自分のシグネイチャー・スタイルを貫いたうえで、時代の音にも自然体で対峙する。時には自分を寄せたりもするけど、あくまでも節度を持ってのチャレンジ。それよりは「今」を形成するファクターのどんな部分を、自分のフィールドへと取り込むか。そこに腐心し、見事に成功したアルバムだ。果たして次のオリジナル新作があるのかどうか分からないが、もしコレが本当の意味でのラスト・アルバムになったとしても、ダイアナ自身、きっと納得できるのではないか?