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午後から六本木ソニーでインタビュー取材。還暦過ぎの自分が中学生の時から大好きだった日本の某ロック・バンドのメンバーお2人に、3月に出る再発盤と最初のリリース当時のお話を伺ってきた。こういうお仕事では滅多にしないコトだけれど、今回の取材テーマである76年発売のアナログ盤を持参して行ったコトもあって、取材後にちょっとサインをお願いし…。ワハハ、思わずファン目線になってしまったよ… その中でプログレとクロスオーヴァーの話が出てきて、ピンク・フロイドとかグレイトフル・デッド、ボズ・スキャッグス、チック・コリア、ウェザー・リポートなんて名前が出てきて。要するに、ジャンルとしてのクロスオヴァー/フュージョンではなく、もっとリアルなミクスチャー、前衛としてのクロスオーヴァー。

そこで自分がふと思い浮かべたのが、ユニバーサル【入手困難盤復活!! 続・ロック黄金時代の隠れた名盤〈1976-1985編〉】で2作がピックアップされたジノ・ヴァネリ。今ではAORシンガーとして評価が定まっているジノだけれど、それは78年作『BROTHER TO BROTHER』や80年作『NIGHTWALKER』がヒットしたからこその話で。A&M在籍中期に当たる74〜77年ごろは、まだ “AOR” という呼び名はなかったし、ジノの燃え盛るようなサウンドに、その頃に囁かれていた “シティ・ミュージック” というスタイリッシュなイメージが似合うワケもなかった。

とりわけ『THE GIST OF THE GEMINI』のドラマチックな音作りは、プログレの壮大さと近似値的で。ヴォーカルの熱量も然るコトながら、当時のジノのサウンドメイクは、基本ギターやベースを使わず(ソロイストとしてジェイ・グレイドンがゲスト参加)、キーボード、シンセサイザー+ドラム、パーカッションでそれを成立させていた。しかもその頃のシンセは、和音が出せないモノフォニック・タイプが主流。でもそれを逸早くポップ・フィールドに持ち込み、複数の鍵盤奏者と多重録音で重層的にハーモニーを構築し、キーボード・オーケストレーションを組み上げていたのである。それこそ、まだキース・エマーソンやリック・ウェイクマンがソロでシンセをウニョウニョ ビャービャー鳴らしていた時代。だからポップ・フィールドに於いて、ジノとゲイリー・ライトは先駆的存在だった。更にジノはこのアルバムでアナログ片面全部を使い、7つのパートからなる<War Suite(戦争組曲)>というメッセージ・ソングを提示。「もし僕が障害者となって戦場から戻ったら、君は以前と同じように僕に接してくれるかい?」というヘヴィーな問いかけを行なっている。これはもうAORではないのは明白である。

そしてシンセが進化して、ヴォイシングが厚みを増してくると、逆にジノはホンマモノのオーケストラ共演を目指す。それが次作『A PAUPER IN PARADISE』。『BROTHER TO BROTHER』への架け橋として、忘れられない一作だ。2nd『POWEFUL PEOPLE』から始まったタイトルの言葉遊び(同じ頭文字の単語を並べる)も、まだ続いている。

でもこうしてAORからハミ出した音を創っていても、我々はジノをAORシンガーとして扱っている。もちろんそれは前述通り、AOR名作を残している彼のキャリアの成せる業。でも同時に、同アルバムの他の曲でAOR寄りのアプローチをしていたり、本作以前からボサノヴァを歌ったり、ソウルフルな歌を聴かせたりしてきたのを知っているからである。

最近、AOR系のSNSグループやチャットで、ジャンル論争が盛んだけれど、AORの定義が曖昧だからといって、何でもアリ、ではない。ジャンル分けなんて、効率よく商品を売ったり宣伝したりするための道具に過ぎない必要悪。それは確かなコトだけれど、一方で特定アーティストの魅力を広く伝えるのに便利なツールでもある。ただそれだけに、王道から外れた辺境のアーティスト/作品/楽曲を扱うときは、慎重にならなくてはならない。ずーっとAORの脇道を歩き続けている人なのか。王道AORも異ジャンルも同時展開する人なのか。AOR全盛期にそこへ擦り寄ってきた人なのか。たまたま偶発的にAORファンに喜ばれる曲が当たっただけなのか。

「この曲、自分はAORだと思うけど、皆さんはいかが?」
だから、そんな投げ掛けがあると嬉しいな。でもそこで、もし多くの反発を喰らってしまったら、自分のAOR観がズレていたと修正するのが、良識ある音楽ファンだろう。同時に、AORファンである自分が好きだからといって、インストのフュージョンばかり、真っ黒なソウルばかり、濃いめのロックばかりを投稿するのも、マスターベーション的に感じる。それをやりたきゃ他でどうぞ。もちろんフュージョンやソウル、ハード目のロックも時にはイイ。けれど基本は、AORとの共通項を多く持つモノであって欲しい。そう思いながら、黙ってSNSやチャットを見ている人は少なくない、と感じている。

かつては、「スティーリー・ダンをAORと一緒にするな」と石頭の評論家やディレッタントたちがAORをコケにした。デイヴ・メイスンもボブ・ウェルチも、AORとは呼ばれていなかった。あれから40年超。果たして時代は変わったのか、変わっていないのか…