michael buble_higher

ウクライナの惨劇の前には、もはや怒りと悲しみしか出てこない。歴史や文化、イデオロギーの違いに陰謀論や降伏論…。でもこういうヤヤこしい時こそシンプルに、人は素に立ち還らないと。人が無辜の他人を傷つけて許される道理などないし、『排除の倫理』なんて人を人として見ていない。その一点に於いて、駆逐されるべき対象は明らか。…とはいえ、感情に任せてそれを発信してもネガティヴな連鎖を生むだけなので、ココでは努めて平静を保ちたい。刺々しくなっている世相に、音楽で寄り添うように。

…というワケで、3月末に出たばかりであるマイケル・ブーブレのニュー・アルバム『HIGHER』。情報に拠れば、2018年末に出た『LOVE』から、3年ぶり11枚目のスタジオ・アルバムとなる。

事前に注目されていたのは、ポール・マッカートニーが10年前に出したジャズ・スタンダード・アルバム『KISSES ON THE BOTTOM』に入っていた2曲の書き下ろし新曲の一方である<My Valentine>をカヴァーしていること。しかもプロデュースがポール自身というコトで、これは注目だろう。

更に、61年にパッツィー・クラインがヒットさせた<Crazy>を、作者ウィリー・ネルソンとデュエット。ボブ・ディランのカヴァー<Make You Feel My Love>、AORファンにはマンハッタン・トランスファーでお馴染み<A Nightingale Sang in Berkeley Square>、バリー・ホワイトのヒット<You're The First, The Last, My Everything>、そして数多のナイス・カヴァーを生んだサム・クック<Bring It On Home To Me>の圧巻リメイク。またデューク・エリントン<Don't Get Around Much Anymore>は、サム・クックも歌っていたスタンダードだけれど、ブーブレ自身もトニー・ベネットとのデュエットで歌っていたもので、今回は再度のカヴァー。ラストには、ディズニー映画に使われてもおかしくないような定番<Smile>のオーケストラ・アレンジで締め括られる。ブーブレ自身がペンを取った楽曲には、ライアン・テダーやグレッグ・ウェルズ、ジョン・メイヤーの名前も。

最近はポップス色の強いアルバムも出していたが、この新作はビッグ・バンドやオーケストラを交えたジャズ・スタンダード寄りの印象。このご時世、こんなゴージャスで優雅なアルバムに耳を傾けていると、ちょっと後ろめたい気分にもなってしまうが、戦火をくぐり抜けた後に人間をポジティヴにするには、やっぱり夢とか憧れが大事になってくると思いたい。